「あなたは過集中です」

　脳の検査をしたとき、山中千尋は医師に言われた。何かに集中すると、脳の中のその作業をつかさどる部位だけが過度に働くそうだ。ただし、その間、脳のそのほかの部位はほとんど休止している。特殊な脳だと説明された。MRIでわかるらしい。

　山中には心当たりがあった。

「朝5時にピアノを弾きめて、気づくと夕方の5時になっているということは、ごく日常的です。ピアノに向かっている12時間は何も食べません。水を飲んで、ガムを噛むだけ。気づくと夜になっている。その時は集中しているという自覚もないんですけれどね」

　作曲の時も、執筆の時も、ひと度“集中のスイッチ”が入ると、10時間以上やめられなくなるという。

　ふり返れば、子どもの頃から過集中だった。

「幼稚園生の頃は、穴を掘り続けました」

　うん……？　ピアノではなく、穴……？

「はい。穴です。お友達の家の庭に穴を掘ったんですよ。その家のお庭はとても広くて、樹がうっそうとしている奥ならば大人に見つからないと思いました。あの時、私は、地球のマグマが見たくて……」

　で、やめられなくなった？

「やめられなくなりました。何日間か、掘って、掘って、2メートル近くまでいったと思います。大人の人がすっぽり埋まるくらいですから。その家のお兄さんが梯子を貸してくれました。すると、穴の底がだんだん暖かくなってきて、マグマに近づいてきたんだ！　って喜んでいたら、今度は水が湧いてきた」

　数日して大人に見つかり、ひどく叱られた。

「危ないでしょ！　って、すっごく怒られました。穴を掘ったついでに、誤って割ったお皿や食べ残した卵焼きもこっそりと埋めていたんです。母に叱られたくなくて。私、卵が食べられないんですよ。母が有精卵に凝っていて、殻を割ったら、ひよこに近い状態の時があって、それからはずっと卵はダメ」