歌仔戯のストーリーは「忠」「孝」「節」「義」が主題。台湾の若い人たちに古来のメンタリティーをきちんと伝えること。そんな意味も今はある。リャオさんが主宰する学校には、プロになりたい人たちだけではなく、カルチャーセンターのように演じることを趣味として学びにくる人も多い。

「今の私の目的は歌仔戯の良さ、美しさを伝えること。演じること、ふれることで親しんでもらいたい。それが横のつながりで広がっていくことも、縦に長らく続く伝統というものを継承していくためには必要なことだと思うのです。小学生に紹介する活動も続けているんですよ」

 業として演じてきたようなリャオさんの瞳の深いところで、やっと喜びの感情が見えた。彼女の幼少期に比べれば何不自由ない今の子どもたちの笑顔に、彼女はどんな感懐を抱くのだろう。

 台湾に来て、彼女に会えてよかった、と思った。苦労話が聴きたかったわけではない。ただ彼女のように生きることを精一杯まっとうし、芸を突き詰めた人の誇り高い佇まいに触れることができた、同じ空間にいることができただけで、私はここに来た甲斐があったと思った。

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「写真って、撮ろうとして撮らなくてもいいと思うんだよね」

 萩庭桂太がぽつりと言った。私も同じようなことを思っていた。インタビューも聴くことがすべてではないのだ。まずそばにいることだ。取材対象と、そこにともにいること。そのことをこんなに味あわせてくれる対象も、そうはいないものである。人間国宝とは、そういう人に与えられるものなのだろう。それは、日本も台湾も、同じだ。

 萩庭桂太にちょっとだけ感謝した。でもこんなに働いたのだから、今回の渡航費はお借りしたけれども、静かにそおっと、踏み倒してしまおうと思う。

(取材・文:森 綾)

  • 出演:廖瓊枝(リャオ・キンキィ)

    1935年11月13日台湾の基隆生まれ。台湾のオペラ役者で人間国宝。4歳の時に母をなくし険しい道のりを経て14歳で台湾オペラ(歌仔戲)の道へ入る。2009年に引退を宣言し、ワールドツアーを行った。日本では浅草公会堂などでも公演を行ない、現在は国立台湾戯曲学院歌仔劇クラス、国立台北芸術大學、国立台中教育大學、國立政治大學の教授を務める傍、「財団法人廖瓊枝歌仔戲文教基金會」設立し歌仔劇の伝統継承、保存に務めている。
    http://youtu.be/vg2odTbnaFI (公認)

  • 取材・文:森 綾

    1964年8月21日大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て92年に上京後、現在に至るまで1200人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には女性の生き方についてのノンフィクション『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)など多数。
    映画『音楽人』(主演・桐谷美玲、佐野和眞)の原作となったケータイ小説『音楽人1988』も執筆するほか、現在ヒット中の『ボーダーを着る女は95%モテない』(著者ゲッターズ飯田、マガジンハウス)など構成した有名人本の発売部数は累計100万部以上。
    http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

コーディネート・ブッキング:木山善豪(OFFICE303) http://www.office303.jp
協力:エバー航空 http://www.evaair.com/html/b2c/japanese/
ロケ地:孔子廟/廖瓊枝基金會

撮影:萩庭桂太