人はみんな、それぞれの物語を持っている。生まれて、死ぬまで。いろんな1日を過ごし、いろんな1年を重ね、なんだかんだいろんなことを積み上げて、ひとつの物語ができあがる。
 その一方で人はみんな、さまざまな物語に心惹かれる。誰がどこでどうなって、どんな思いでどうなった? 実話にしろ嘘八百のフィクションにしろ、そのなりゆきが知りたくて、ドラマを見たり映画を見たり舞台を見たり。歌にも踊りにも叫びにも笑いにも、そこに物語があるからこそ、人は聞き耳をたて、目を見張り、共感する。
 なんてね、らしくもない文章で始めちゃった今週のYEO。主人公はこの、タダモノじゃない感満載の、熟年紳士。劇作家&演出家&能楽プロデューサーの笠井賢一さんだ。今年(2024年)11月、東京・青山にある銕仙会で開催する『若村麻由美の劇世界』で、『源氏物語』の中でも有名な六条御息所(ろくじょうみやすどころ)をヒロインにした物語を作・演出する。
 今年はNHKの大河ドラマ『光る君へ』が『源氏物語』を書いた紫式部をメインに据えていて、気がつけば古典が身近に感じられる今日この頃。
「私は常に、古典と現代を、どう相渡らせるか、ということを考えています。時代を超えて、人間にとって普遍的なものとはなんなのか、ということです。たとえば恋っていうのは普遍的でしょ? 恋愛というものの普遍性は、それぞれの時代背景や言葉を使っても表現できる。男と女の情愛は、語彙が古びていても、思いは表現できるんです。
 若村さんという女優さんは、現代の女優として優れている人ですけど、同じくらいに『平家物語』や『源氏物語』の原文や原作が持っているドラマ性を、現代演劇のレベルで表現できる希有な演者です。従来は歌舞伎役者とか能役者がそういう古典の領分を背負ってきたわけですけど、しかし演劇の本質は常に現在形、今を生きる人に古典の魅力と感動を届けたいですから」
 どうやらこの公演、かなり斬新な企みらしい。若村麻由美さんと言えば、YEOに3回も登場してくれている、(①14年9月22日~ ②16年6月6日~ ③20年10月26日~)YEOのレジェンド。2011年から『若村麻由美の劇世界』という公演を立ちあげて、自分が演じたい演目、なすべき役柄、挑戦したい舞台を作り上げてきた。11年の『小宰相身投げ』、そして20年の『曽根崎心中』で演出を手がけたのが、笠井賢一さん。そして今年もさらにタッグを組むということで若村さん、笠井さんをYEOに激推し紹介してくれたのだ。
 ジャンルを問わずいろんな方が登場するYEO、多少の変わり種でもビビらない自信はあるけれど、能とかあまり詳しくないし。緊張してインタビューを始めると、
「ま、能は、ほとんどみんな、知らない方が多いでしょう(笑)」
 ソフトで寛容なお返事に、まずはほっとひと安心。今週は能について、源氏物語について、演劇というものについて、果ては死生観から生きることの意味まで、ディープなお話が続く予定。月曜日から金曜日まで連日更新。刮目せよ!

  • 出演 :笠井賢一 かさい けんいち

    劇作家、演出家、能楽プロデューサー。1949年生まれ。銕仙会(能・観世流)プロデューサーを経て、アトリエ花習主宰。古典と現代をつなぐ演劇活動を、能狂言役者や現代劇の役者、邦楽、洋楽の演奏家たちと続けている。玉川大学芸術学部、東京藝術大学美術楽部の非常勤講師を務めた。主な演出作品に、石牟礼道子作・新作能『不知火』、多田富雄作・新作能『一石仙人』東京藝術大学邦楽アンサンブル『竹取物語』『賢治宇宙曼荼羅』、北とぴあ国際音楽祭オペラ『オルフェーオ』、アトリエ花習公演『言葉の力―詩・歌・舞』創作能舞『三酔人夢中酔吟―李白と杜甫と白楽天』など。編著に『花供養』(多田富雄・白州正子著)『芸の心―能狂言 終わりなき道』(野村四郎・山本東次郎著)『梅は匂ひよ 桜は花よ 人は心よ』(野村幻雪[四郎改]著、『芸能の力・言霊の芸能史』以上藤原書店刊)など。

    アトリエ花習公式HP https://204e37d3fb9a011.lolipop.jp/schedule.html

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    取材/文:岡本麻佑

    フリーライター歴30余年。女性誌、一般誌、新聞などで活動。俳優・タレント・アイドル・ミュージシャン・アーティスト・文化人から政治家まで幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。単行本、新書なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/