「そもそも僕は、歌手をやりたいって思っていたわけじゃないんです」
 デビューのきっかけを尋ねたら、なんだかちょっと、厳しい表情になった。
「大学に入るとき、浪人して。すごい保守的な家庭環境で育てられて、親の望み通りに一流大学を目指したんですけど、それがうまくいかなくて」
 彼が入った高麗大学と高麗大学言論大学院は、かなり優秀な学校らしいけど、第1志望ではなかったらしい。日本の事情に照らし合わせると、東京大学を目指したけれど、早稲田大学に入った、みたいな。やがて卒業間近になった頃、
「教授になりたくもないし、大企業ではたらくのもいやだし、じゃあ何をして生きて行くべきなんだろう? って、その時点で初めて考えたんです。ひとりで旅に出て、じっくり考えた。自分が一番好きなことはなんだろう? とね。答は歌でした。でも当時、どうすれば歌を仕事にできるのか、何もわからなくて」
 タイミング良く、全国規模のオーディション企画が立ち上がり、そこに送った1本のテープから2000年、デビューが決まった。そこからはトントン拍子。翌年には第16回ゴールデンディスク新人歌手賞をはじめ、新人賞を総ナメに。
 でもちょっと待った! ふつうの大学生がいきなりプロのシンガーになれるの? レッスンとかは?
「受けましたよ。最初に入った会社が、レッスンを受けろというから。でも2回くらいで止めました。ああ、これはちょっと違うなって思ったから。技術じゃないから、歌は。自分の人生で学んだもの、経験したことが重なって、そのエッセンスが歌に出る。生きてきた時間の中から生じる感情とか表現があるわけだから。だから僕たちは、完璧に歌いこなすことよりも、いかに感情を込めるかが問題なわけです。僕は発声に問題なかったし、ね」
 そう、レッスンなんかしなくても、彼の声と歌は人々の心に染みこんで、デビュー以来ずっと、トップ歌手。
 とはいえ、いいことばかりでは、なかったようで。
「有名になって、でも有名人としてどう振る舞えばいいかわからなくて、20代、僕としてはすごく不自然な時期があったんです。デビューしてすぐに売れてしまったので、もちろん人気があることはありがたいことだけど、人からジロジロ見られたり、あることないこと噂のタネにされることが、つらかった。有名税っていう言葉があるでしょう? でもそれ、あの頃の僕には理解できなくて。この世界に向いていない性格だったんですね、そういう状況を楽しんでしまえば良かったのに、それができなかった」
 いざ中に入ってみたら、外側からは見えない繋がりやら関係やら忖度やら慣習やら不文律があるって、どこの世界でも一緒かも。さらにもうひとつ。
「今の若いアーティストたちは器用ですよね。彼らは『踊れます、歌えます、芝居できます、何でもできます、スーパースターになりたいです!』って。でも僕はそうじゃない。踊れない、踊らない。踊りたくない(笑)」
 なんてことを言いながら昨年末の恒例コンサートでは、一曲だけだけど、バックダンサーたちとステップを踏んで大観客を沸かせたらしい。ソン・シギョンが日頃から『踊りたくない!』と言っているのをみんなが知っているからこその、レアでチャーミングなパフォーマンス。ファンを虜にするのは、こういうとこ、だよね。