12月の公演を決めたのは、今年2022年5月のこと。
貴生 現在82歳の父がいつまで現役で活躍できるか、その判断は本人だけでなく、僕ら家族にも任されています。自分で判断するのはなかなか難しいし、伝統芸能というのは年長者に優しい世界ですから(笑)。僕と母と、いつもそういう思いで舞台を観てきたのですが、このコロナで、舞台上の父を見る機会がぱたっとなくなったわけです。80歳を過ぎて、衰えていく速度は僕らとは違う、予想もつきませんしね。しかも昨年11月、父は体調を崩して、8時間もかかる手術をしました。術後意識が混濁した時期もありましたし、さすがにもうダメかな、と思ったら、奇跡的な早さで回復して、1月の舞台に立った。家で大事にしているより、舞台にパーンと出したほうが元に戻るんじゃないかと。
呂悦 その通り、大当たりです(笑)。
貴生 それで、考えたわけです。父は、自分がメインになるような舞台には関心がなかったし、僕自身もまだまだ、自分の理想とするものに全然たどりついていないから、主役でなんて考えたこともなかった。父も僕もリサイタルなんて、やったことなかったんです。でもそんなこと言っていたら、たぶん一生、そんなものはできなくなる。どこかでこれは、やっておかないとなって、なんとなく思っていました。で、父の状況を見て、今かな、と。母に話してみたら『お父さんも最後に1回、自分の会をやりたいって言うてはるねん』と。それを聞いて、じゃ、たぶんこれが最初で最後、やりますか、と。

 さて、リサイタルで何を演奏したいか、貴生氏が尋ねると、予想外の答が返ってきた。
貴生 『船弁慶』と『鏡獅子』と言われて、『はあ?』って言いました。どちらも歌舞伎舞踊を代表する名曲であり大曲です。しかも父にとっては(十八代中村)勘三郞さんが常に父を指名してくれた思い入れの強い曲ですし、どちらかを選ぶだろうとは思っていたんですが、まさか両方やると言い出すとは! ひとつのリサイタルでこの2曲を出すのは非常識というか、まず、ないことです。精神的にも肉体的にも、すごくハードなんです。フレンチ料理のフルコースのあと、イタリア料理のフルコースを食べる、みたいなものです。でも、何度確かめても本人が『やる』と言ってきかない。しかもさらにもう1曲、『箏曲 乱』も、小鼓も打つと言い張りまして(笑)。
呂悦 やりたいです!
貴生 曲と曲の間に僕が若村麻由美さんと『言響』をやらせていただき、休憩を入れたりして、なんとか成立させようと思っているんです。ここまできて、東京くんだりまで来て、恥をさらすくらいなら、やらないほうがいいんですって、それも言いました。
呂悦 何を言うてるんや、と(笑)。

 邦楽界のレジェンドが、満を持して臨むリサイタル。邦楽界だけでなく、日本中の打楽器奏者が、音楽ファンが、熱い視線を送る舞台だ。それにしてもこの父子、自由奔放でやんちゃな父親と、スーパープレイヤーであると同時に実務にも長けた優等生息子という組み合わせ。見ているだけで、おもしろい。
 呂悦さん、貴生さんはどんな息子さんですか?
呂悦 息子ですか? どうだろね、まあ、親みたいなもんや、父親みたいな(笑)。
 
 貴生さんにとって、呂悦さんは?
貴生 子どもみたいな(笑)。いやでもね、父は現実離れ、浮世離れしていて、打つことへのこだわり以外、物欲、名誉欲などなく、何事にも執着しないんです。どうあがいても、こうはなれない。今回、この取材で父のダメなところもずいぶん披露してしまいましたけど、父の名誉挽回のためにも、リサイタルにはみなさんに観て欲しいです。舞台では、別人になりますから(笑)。

  • 出演 :藤舍呂悦 とうしゃ ろえつ

    1940年4月18日、横浜生まれ。四世藤舍呂船、初代呂秀に師事。主に邦楽囃子方として歌舞伎、舞踊舞台などで活躍中。その一方で70年代より武満徹、諸井誠らの現代音楽作品に参加。N響、大阪フィル、京響などとクラシック音楽で共演。多くの異種アーティストと競演し、前衛的な活動にも積極的に参加してきた。さまざまな海外公演にも参加している。佐渡の鼓童、前身である鬼太鼓座創立時より指導にあたる。

    藤舍貴生 とうしゃ きしょう

    1970年12月13日年、京都市生まれ。東京藝術大学卒業。藤舍呂悦を父にもつ歌舞伎音楽、邦楽の横笛(能管、篠笛)の演奏家。古典音楽のみならず林英哲、DJ KENTARO、村治佳織らとの共演も果たす。EXILE USA、黒田征太郎、武田双雲など異種アーティストとのコラボも多い。演奏者としての活動にとどまらず作曲家としてCM音楽、東京コレクションでの音楽も担当。またプロデューサーとして『未来創伝』などの公演を企画、CD『幸魂奇魂』は第54回日本レコード大賞企画賞を受賞している。

    〈公演情報〉

    『吹打 Suida』
    邦楽囃子における打楽器の第一人者・藤舍呂悦が82歳の今、限界に臨む。それを支えるのは横笛奏者にして作曲・プロデューサーとしても八面六臂の活躍を続ける藤舍貴生。初の父子リサイタルで、大曲『鏡獅子』『船弁慶』、箏曲『乱(みだれ)』を父が演奏し、息子の貴生は自らが構成した『言響』を、若村麻由美を迎えて披露する。邦楽界の重鎮ふたりが黒御簾から躍り出て、真の力を発揮する。
    2022年12月20日(火)21日(水)18時30分開演(17時50分開場)紀尾井小ホール
    入場料 7000円(全席指定・税込み)問合せCATチケットBOX/℡03-5485-5999(平日10:00~18:00) 吹打事務局/ suida122021@gmail.com

    サイトhttps://www.stagegate.jp/stagegate/performance/2022/suida/index.html

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    取材/文:岡本麻佑

    フリーライター歴30余年。女性誌、一般誌、新聞などで活動。俳優・タレント・アイドル・ミュージシャン・アーティスト・文化人から政治家まで幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。単行本、新書なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/