軽やかな人だ。キャリア40年超え、時代劇から現代劇まで、舞台でもドラマでも映画でも、どんな役でも物語の一部となりきり、主演も脇役でも清々しい印象を残す。重鎮とか大御所とか超ベテラン俳優とか呼ばれても何の不思議もない存在なのに、どこか飄々としていて、ちっとも偉そうじゃない。そういう佇まいがすなわち、カッコいい。
 年齢を重ねると、男の人は難しい。ま、女の人も、だけど。妙に説教臭くなったり、達観した風を装ったり、若作りしたり、ひねくれたりいじけたり。そういう例を見ていると、歳を取るのがつらくなるけど、彼と話していると、年齢を重ねるのも悪くないな、と。いやそれ以前に、年齢なんて関係ないな、と、思わせてくれる。
 というわけで今週のYEOは、俳優の榎木孝明さん。「なんでも聞いてください」と優しく言ってくれたので、いろいろいろいろ聞いてみた。
 まずは、時代劇。歴代のNHK大河ドラマをはじめ、大型時代劇では必ず重要な役を演じているし、映画『天と地と』(90年)は彼の初期の代表作だし、以来ずっと、歴史上の人物をいっぱいいっぱい演じている。6月に公開された久々の大型時代劇映画『峠~最後のサムライ~』にも、役所広司さん演じる主人公・長岡藩士 河井継之助の幼馴染み・川島億次郎役で登場している。
 しかもYouTubeでは『榎木孝明・古武術教室』が人気を集めているくらい、自身が武術の達人なのだ。最近では『時代劇は生き残れるか!?』というテーマの講演まで、しているらしい。
 そこでぜひ、教えて欲しい。令和のこの時代、あえて昔の話を掘り返して、時代劇をやる意味は?
「それは、時代劇には、日本人が本来持っていたであろう精神性が、たっぷりと詰め込まれているからです。今の若い人はどんどん時代劇離れしていますけど、それは本当にもったいない。時代劇は動作も立ち回りも言葉遣いも含めて、きちんと昔の日本を再現できる素晴らしいジャンルなんですよ。もっとも最近の時代劇は、今風にアレンジされているものも多いけれど、それはそれで、エンタテイメントとして意味があると思いますけどね」
 ん? 日本人の精神性といいますと?
「たとえばあの東日本大震災のとき、被災者の方たちの姿を見て、世界中が驚きましたよね、『なんて国民だ。不思議だ、スゴイ!』と。日本以外の場所だったら、災害の後、我先にと略奪や暴動が起きたりするけど、日本ではまず、ありえない。皆さん支え合って、整然と列を作って並び、避難していたじゃないですか。そういう倫理観や道徳心が、日本の民衆の心には根付いていて、連綿と続いていると思うんです。他にもさまざまな美点があるんですが、そういうものこそ、時代劇を通じて呼び覚ますことができるのではないかと。時代劇を見ることで何か共感したり、インスパイアされたり、忘れていたものを目覚めさせたり、そういう作用が時代劇にはあると思うんです」
 なるほど、そういう日本の良さに、彼自身はいったいどこで気付いたのか、というと。
「20代から30代、インドとか、あちこち放浪の旅をしましたからね。そこでいろいろなものを見て、日本に戻ってから改めて時代劇を見てみると、自分が世界各地で感じてきた大事な感覚、自分の芯になった何かが、ここにある。日本人の本来あるべき姿がここにあるのかな、と思ったんです」
 グローバルな体験を経たからこそ獲得できた、日本人としてのアイデンティティ。これはちょっと、詳しく聞いてみなければ。今週金曜日までYEOは連日更新。俳優・榎木孝明の物語は、読みごたえあり、です。

  • 出演 :榎木孝明 えのき たかあき

    鹿児島県出身。武蔵野美術大学デザイン科に学んだ後、劇団四季入団。『オンディーヌ』(1981年)で初主演。83年退団。翌84年NHK朝の連続テレビ小説『ロマンス』の主演でテレビデビュー。映画『天と地と』ドラマ『浅見光彦シリーズ』など、時代劇から現代劇まで幅広く活躍。水彩画を描き続ける画家としても活動している。

  • 〈出演情報〉
    ●映画『峠 最後のサムライ』
    6月17日(金)より公開。原作・司馬遼太郎 小泉尭史監督作品 出演/役所広司・仲代達矢・松たか子ほか

    ●TVドラマ『警視庁強行班係・樋口顕Season2』(テレビ東京)7月15日(金)20時~
    警視庁刑事部捜査一課の管理官・天童隆一役で出演

    ●舞台『桜文』
    明治の頃、吉原随一の花魁が華やかな道中の最中、かつて恋仲だった青年の面影を見かけて卒倒する。一体なにが起こったのか。そこから起こる悲劇は・・・・。出演は久保史緒里(乃木坂46)、ゆうたろう、松本紀代、石倉三郎ほか。東京 パルコ劇場22年9月5日(月)~9月25日(日) その後大阪、名古屋、長野に巡回する。

    ●講演 大人の寺子屋『次世代継承塾 第4回 時代劇は生き残れるか!?』
    7月1日(金)麟祥院本堂(東京都文京区)18:30~20:00 村上信夫(元NHKエグゼクティブアナウンサー)との対談。申し込み 電話03-3811-7648(麟祥院)
    E-mail:otonoatera0401@gmail.com(村上)

    ●展覧会 板谷波山生誕150年記念『榎木孝明水彩画展~ロケ地の情景~』
    7月9日(土)~9月25日(日)しもだて美術館(茨城県筑西市)
    『榎木孝明ミニトーク&サイン会』7月31日(日)13時30分~ 会場:しもだて美術館ロビー

    ●美術館
    『榎木孝明美術館』九州芸術の社(大分県球磨郡九重町大字田野美術館通り
    『アートスペースCuore』(東京都渋谷区上原1-35-7KUDOビル)

    http://www.officetaka.co.jp/

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    取材/文:岡本麻佑

    フリーライター歴30余年。女性誌、一般誌、新聞などで活動。俳優・タレント・アイドル・ミュージシャン・アーティスト・文化人から政治家まで幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。単行本、新書なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/