30余年前、小原孝のデビューアルバムのタイトルは、『ねこはとってもピアニスト』。
「子ども達がすぐピアノを辞めちゃう理由は、ピアノの先生が怖いっていうのと、練習曲がつまらない、というのがふたつ、大きいんです。だったら楽しい練習曲を作ろうと思った。子ども達はみんな『猫踏んじゃった』は弾きたがるから、『猫踏んじゃった』を使った練習曲を作ろうと思いついて、いっぱい作ったんです。それがたまたまCDになり、注目されてしまった(笑)」
 CDは大ヒット。一時期、小原孝は『猫踏んじゃった』を専門に弾くピアニスト、と思われていた時期もあったとか。ファンから猫のぬいぐるみが、山のように贈られてきたという。
「でも実は僕、猫を飼ったことがなくて。でもCDが売れているからそれは言っちゃいけない秘密になって(笑)。なりゆきで、捨てネコ協会の会長さんという方と対談したこともありました。あなたがどんなに猫を愛しているかわかります、と言われたときには、すごく罪の意識が(笑)。どういう顔をしていいか、わからなくて」
『猫踏んじゃった』を練習曲に選ぶには、他にも理由があった。
「『猫踏んじゃった』は黒い鍵盤をたくさん使う曲なんです。黒い鍵盤は白い鍵盤よりも細いので、指の形をきちんとキープして、指先できちんと、軽やかに鍵盤の真ん中を弾かないと、早くは弾けません。だから子ども達に、指の形をキレイにすると上手に弾けるよって言うと、ふだんは注意されるとぶーたれてしまう子でも、『猫踏んじゃった』を誰よりも早く弾こうという目的があると、すごい練習するんです。楽しみながら練習すると、目標があると、上達が早いんです」
 クラシックの世界からは『猫踏んじゃった』をピアニストが弾くなんて、と小原を叱る重鎮もいたとか。
「でも今、その『猫踏んじゃった』でスタートした子ども達がピアニストになったり、シンガーソングライターになって活躍しているんです。なにかやって、その答えというのは20年後、30年後に出るものなんだな、と思いますね。本当に、やってよかったと思います」
 今もYouTubeで検索すると、小原孝の『猫踏んじゃった』と名曲のコラボレーションを聴くことができる。『エリーゼのために』がいつのまにか『猫踏んじゃった』になっていく編曲と演奏の妙を、ぜひ、あなたも。
 そして『猫踏んじゃった』だけでなく、ピアノの教本などなど、ピアノ教育に係わる活動を、小原は長年続けて来た。
「もちろん、ショパンコンクールみたいな大きなコンクールで優勝して、素晴らしい演奏をするのも大事です。でも同時に、クラシックの好きな人を増やさないと、活躍の場がどんどん狭くなってしまう。聴く人も弾く人も増えないと、ダメなんです。音楽が好きな人、ピアノが好きな人を増やしたい。それはそんなに大変なことじゃないし、難しいことじゃないと思います。僕が教本を作るときのモットーは、難しいこと、ちゃんとしたことを、やさしいわかりやすい言葉で伝える、ということ。とくにあの、やさしいものほど手を抜く人が多いのですが(笑)、やさしいものほど、音が少ないものほど、技術よりも心が大事になっていくんです」
 音楽好きを、増やしたい。そんな思いを込めて、小原孝が長年続けているもうひとつの活動がある。