田崎悦子のピアノ・レッスンには定評がある。テクニックも表現力も、レッスンの前と後とでは、劇的に変化する、というのだ。人呼んで、田崎マジック。
 2002年に山梨の清里高原で始めたピアノ合宿は毎年選りすぐった生徒たちを集めて実施され、『Joy of Music』と名付けられた。以来、リサイタル、コンサート、ライブなど、彼女の活動には必ず、そのワードが使われている。そこには、田崎の音楽への想いが込められているのだ。
「その『Joy of Music』という合宿を始める以前のことですが、ショッキングなことがありました。ある高校生の男の子のレッスンを頼み込まれて、その子に家に来てもらったんです。すると彼、ピアノに向かってもずーっと無表情で、まるで器械のように弾いているのね。だから〝そこはもっと、ほっぺたにあったかい風が当たったような感じで弾いてみたら?〟って言ったら、その子は怖い顔して〝そんなの、当たったことないから、わかんないよ〟って。その子を送り出してから、私、心が傷ついてしまって、泣いてしまいました。それからです、音楽はJOYなんだってことを、ピアノを志す若い人たちに、ちゃんと教えてあげたいと思ったの」
 JOYは喜び、JOYは楽しさ。だけじゃなく。
「内から湧き上がるような感覚。生きる理由、みたいな。偉そうに言うと、ね(笑)。音楽にはそういう力があるんです。生きているといろんなことがあって、苦しみや哀しみや怒りもあるけど、それもまた力になって生きていくわけだから、全部ひっくるめて、JOY。お天気だって、晴天ばかりがいいわけじゃない。雨でも雪でも、この宇宙にはあるわけだから、それがスゴイ! というような感じかしらね」
 生徒たちは合宿中、自然に触れ、料理などを手伝い、他の生徒たちと交流を重ねることで、ピアノの腕と一緒に感性も磨いていく。シニア世代からも要望があって、表参道の「パウゼ」というサロンでは『JOY of Music40+』も開催されているという。
「私自身も若い頃、マールボロ音楽祭という、大ピアニストのルドルフ・ゼルキンが仲間と設立した音楽祭に2ヶ月ほど滞在し、ゼルキンさんに音楽というものを叩き込まれたんです。一緒に過ごすことで彼のエアをたっぷり吸い込んだから、今度は私から、そのエアを次の世代に吸い込んで欲しい。伝えていきたいんです、いろいろな形で。だから、私のすることは全部、『Joy of Music』なの!」