沢知恵を語るとき、必ず出てくる名前がある。韓国の詩人・金素雲だ。沢知恵の祖父にあたる彼は、朝鮮の詩のすばらしさを日本に紹介した詩人。北原白秋の支援を受けて『朝鮮民謡集』を発表して日本詩壇にデビュー、朝鮮の民謡や童謡、詩を訳したその日本語は、〝日本人より美しい日本語〟と絶賛されたという。月曜日の記事で紹介した沢の『こころ』は、そんな祖父が訳した詩にメロディを添えたものだ。
「でも、私にとって祖父は雲の上の人だし、血がちょびっと入っているらしい、くらいの感覚です。あっちは天才ですけど、私はそのDNAを受け継がなかったらしくて、ただの凡人。だから努力はしていますけど(笑)」
 2014年からは、住まいを岡山県に移した。東日本大震災をきっかけに、よりよい環境で子どもを育てたいと思ったのがきっかけのひとつ。もうひとつのきっかけは、瀬戸内海にある国立ハンセン病療養所・大島青松園にすぐ行ける場所だからだ。
 大島青松園は40余年前、牧師をしていた父・沢正彦さんが生後6ヶ月の知恵を連れて訪れた場所。そこに住んでいた元患者の塔和子さんの詩に感銘を受け、沢はうち8編に曲をつけ、弾き語りで語り継いでいる。
「近所に岡山大学があり、そこの教育学部の学生たちがうちの子どものシッターをやってくれていた縁で、私も岡山大学教育科学部の大学院で今、勉強しています。周りは干支でいうと2回りも下の学生ばかりですけど(笑)」
 研究のテーマは〈ハンセン病療養所の音楽文化〉。
「患者たちは後遺症で目が見えなくなっても、点字の楽譜を舌で読み取りながらハーモニカを演奏したり、手が不自由になっても楽器を改良して演奏したり。いろいろ工夫しながら生きがいを求めて音楽に関わっていたんです。生きがいという言葉が軽く感じられるほど、その向き合い方は真摯で、時には命がけで、自分たちの叫びや悲しみから生まれる喜びの歌を紡ぎ出していたんです。その音楽文化を遺すために聞き取りをする、今が最後のチャンスだと思うんです」