今週のYEOの主役は、歌手の沢知恵。弾き語りシーンの撮影は、下北沢のラ・カーニャという店を借りて行われた。誰もいない店内のピアノの前で、沢知恵が歌う。抑制の効いたアルトの声が耳から入って、じわじわじわじわ、胸に染みこんでくる。歌ってくれたのは、彼女の作った『こころ』という曲。
「私がコンサートのとき、必ず歌う曲です」
 沢には、コアなファンが多い。年齢も性別も職種も国籍もさまざまなファンが、熱心にコンサートに足を運ぶ。リピーターも多い。そして聴きながら、ほとんどの人がハンカチを目に当てる。とりわけ人気が高いのが、この『こころ』だ。
「この曲を歌い始めた頃、たしか、吉祥寺のMANDA-LA2だったかな、やけに今日は風邪をひいているお客さんが多いな、と思ったんです。みんな鼻をグスグスして、どうしたのかな? と。終演後にアンケートを読んだら、みんな、『こころ』で泣きました、と書いてあった。あ、泣いてくれたんだ、と思いました。それからだんだん、泣いて下さることに驚かなくなりまして(笑)。泣いてもらうのが仕事、と思うようになりました」
 泣いてもらうのが仕事?
「うん、泣いたり笑ったりしてもらうのが、私の仕事。泣かせようと思ってやっているんじゃないけれど、泣いてくれたらうれしい。だって、泣いたらその分、哀しいことが流れ出してくれる。泣くと心が開いて、気持良いじゃないですか」
 思わず泣けてしまうのは、沢の歌が聴きやすいから。言葉の美しさが、そのまま伝わってくる。メロディに乗せられた詞が、そのままストンと心に落ちてくる。
「それは、よく言われます。言葉がちゃんと伝わるように歌うのは、私にとっては普通のことなんですけど。たぶん、私にとって日本語が外国語だから、じゃないでしょうか」
 日本生まれの神奈川県育ち。2歳から6歳まで母の国、韓国で育ち、その後アメリカに渡って10歳まで過ごした。以後、ほとんど日本で過ごしてきたので、日本語、英語、韓国語が堪能なトリリンガル。けれど、どこか心許ないところがあるという。
「今でも2ヶ月以上日本を離れると、言葉の感覚がフワフワしちゃう。ですから歌うときには言葉を大事に、はっきり伝えたい。日本語の美しさを、もっともっと歌っていきたいです」
 好きな日本語は、〈はかない〉とか〈たゆたう〉など、ふんわりとしたやまとことば。好きな詩人は、塔和子、茨木のり子、永瀬清子、まど・みちお。そして宮沢賢治と、谷川俊太郎。
「ちゃんと意味のあるもの、100年経っても残るようなものを歌いたい、と思ったときに、この人たちの詩に行きついたんです」
 歌手・沢知恵のことを知らない人は、いや、知っている人にも、ぜひぜひ今週のYEOを読んで欲しい。金曜日まで連日更新、いろんな意味で勇気と元気が伝わるはずだから。

  • 出演 :沢知恵  さわ ともえ

    歌手、シンガーソングライター、コモエスタ、ともえ基金代表。1971年神奈川県生まれ。日本・韓国・アメリカで育ち、3歳からピアノを弾く。91年東京藝術大学楽理科在学中に歌手デビュー。現在までに〈雨ニモマケズ〉など28枚のアルバムを発表。第40回日本レコード大賞アジア音楽賞受賞。代表曲『こころ』は夏川りみ、クミコ、持田香織、アン・サリーら多くの歌手がカバーしている。東京・下北沢で季節公演を行うほか、ハンセン療養所、災害被災地、少年院などでも精力的に活動を重ねている。主な著書に『世界がステージ!』『ありのままの私を愛して~母から子への26の手紙』。おもなテレビ出演『徹子の部屋』『題名のない音楽会』『ハートネットTV』。

    取材協力:ラ・カーニャ

    ヘア・メイク:高橋亜友美(たかはし・あゆみ)

  • オフィシャルサイト

    http://www.comoesta.co.jp/

  • 【公演情報】
    『クリスマス・コンサート2019』
    12月7日(土)東京 ラカーニャ 03-3410-0505
    12月20日(土)岡山 天神文化プラザ
    12月25日(水)大阪GANZ toi,toi,toi 06-6366-5515

    主催・問合せ コモエスタ→ http://www.comoesta.co.jp/schedule/index.cgi#d201912

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。
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  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/