バルカンの地でこれだけいろいろ経験してきた柳澤に、聞きたいことがある。今の日本は、東京は、彼の目にどんな風に映っているのだろう?
「日本はいいですよ。世界中でどこが一番いいかと訊かれたら、日本だと答えます。そして東京は、特殊な都市のような気がします。今回、萩庭さんに最初に東京駅で撮影してもらったのは、そんな東京のど真ん中にいる自分を撮って欲しかったからです。
 東京はまず、人がものすごくいっぱいいる。いろんな文化がある。いろんな食べ物がある。何でもあるし、何でも手に入る。そんな都市はなかなかないです。それにものすごい便利。24時間営業のコンビニエンスストアがあって、夜中でもコピーができる。異常に便利だし、東京に慣れてしまうと東京以外で暮らせなくなりますね。だから東京はすごく好きなんですけど」
 と、ここでいったん、言葉を切った。次につながる言葉を探してから、こう言う。
「だけどちょっと心配しているのは、最近、日本は素晴らしい、日本は他の国よりすごい、日本はこんなに良いって、言い過ぎなのではないかと思います。ネットでもテレビでも、そういう意見や番組が多いですよね。でも、どの民族にも素晴らしいところがあって、どこの国も素晴らしいところがあって、それは日本だけじゃない。海外のほうが日本より素晴らしいことだって、いっぱいあるんです。日本は素敵な国ですけど、日本はすごいぞって、ちょっと言い過ぎているような気がする。民族主義っていうとオーバーかもしれませんが、行きすぎてしまうのは、心配ですね。
 僕がマケドニアで失敗したのも、もとは日本が最高で一番だと思い込んでいたから、なんです。不便な国に行って、勝手に優越感にひたっていたけれど、それがすべての間違いの元でしたから。失敗を重ねて、いろいろ経験を重ねて、ベテランの指揮者になるには、それしかないんですけどね(笑)」
 指揮者になる、と決めてから24年。さまざまな修羅場をくぐり抜け、40代後半、指揮者としてはこれからが正念場だ。
「指揮者って結局、人間を見られているんです。この人についていきたい、と思ってもらえるか、どうか。指揮の技術とか音楽的センスとかも大事ですが、コミュニケーションがうまくいかないと、指揮者としてはなりたたない。これからも失敗しながら自分を育てていって、そうですね、60歳くらいになってようやく、初めてバッターボックスに立つのかもしれませんね(笑)」
 バルカン室内管弦楽団は2020年、日本公演を予定している。

  • 出演 :柳澤寿男  やなぎさわ としお

    旧ユーゴを中心に活動する日本人指揮者として知られる。2005~2007年マケドニア旧ユーゴ国立歌劇場首席指揮者。2007年コソボフィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任。同年バルカン半島の民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団(以下BCO)を設立。同楽団とウィーン、ジュネーヴ、ベオグラード、ニューヨーク、東京などでWorld Peace Concertを開催し、諏訪内晶子、パスカル・ロジェ各氏などと協演。2020年7月来日予定。また9月にはロスアンゼルス公演を予定。柳澤寿男とBCOの活動はBSジャパン(テレビ東京系)「戦場に音楽の架け橋を(日本放送文化大賞受賞)」など数多くのメディアで報道されている。ドイツ・ベルリンAUDITEとBCOのドヴォルザーク。チャイコフスキー両弦楽セレナーデのCDをリリース予定。著書に「バルカンから響け!歓喜の歌(晋遊舎)」。

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。
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  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/