バルカン室内管弦楽団は結成から13年経ち、活動範囲をバルカン周辺から世界各地に広げている。
「結成の主旨が素晴らしい、とはよく言われます。民族間の交流が20年ぶりにできて、本人たちは満足しているし、国連の人たちも素晴らしいと言ってくれる。これだけ難しいことを実現しているので、それに対する評価はあります。でも、演奏に関しての評価は、誰もしようとしなかったのです」
 指揮者・柳澤にとっては、そこが悔しい。物足りない。
「我々は音楽家ですから、このオーケストラ自体のクオリティを上げなければならない。多民族のオーケストラです、というだけで終わってしまうのは本意ではありません。そもそもの音楽自体で人を感動させることができて、それをやっている人たちがさまざまな民族でできている、ということじゃないと。まず、音楽がすごい、演奏が素晴らしい、と思ってもらえないと。国際社会とか世界的な土俵で見たときに、民族ナントカ、というもの自体を乗り越えるものがないと」
 だから柳澤は、メンバーを大胆に入れ替え、常にオケの成長を促している。
「ボスニアとかコソボとかセルビアとかアルバニアとかマケドニアとかブルガリアの、エース級の人たちが今、集まって来ています。野球で言うドリームチームみたいになってます。さらに上手な人はみんな国を出てヨーロッパで活動していましたから、そういう西側で揉まれまくった人たちも呼んで、メンバーに加わってもらっています。さらにそこに、日本の人も数名、入っている。これ、隠し味なんです(笑)」
 日本人が隠し味とは、どんな意味?
「日本人が、うまい具合に接着剤になっているんです。民族融和の接着剤ではなく、音楽的クオリティの接着剤になっているんですよ。そもそもバルカンの人たちは、自分で勝手に演奏するのはすごくうまいけど、音楽的にまとまっていくことが意外に上手くいかなかったりするんですよ。でもね、ポイントポイントにきっちりと演奏する日本人が入ることによって、バルカンの人たちも不思議と寄ってくるんですよ。日本人はガタイも小さいし音量では負けてしまう部分もあるけど、この日本人たちがいないと、ユーゴの人たちはてんでんバラバラになってしまう。日本の人たちはすごく大きな役割を果たしているんです」
 もちろん、言い出しっぺの柳澤寿男も日本人であり、役に立っている。
「バラバラだったバルカンの人たちを集めて固めているわけですから、そういう意味では僕も、接着剤かもしれませんね(笑)」