一見、優しそうなイケメン。角度によっては陰のある二枚目。舞台の上では時に狂気をはらんだり、こずるい悪党になったり、正義の味方になったり、平凡な人だったり。役者だから当然とはいえ、久下恭平は正体不明の存在だ。
「本当にそういう人間がそこに生きているように見せたい、と思っています。演じるときは極力、久下恭平を消してしまいます。芝居をしていて、一瞬でもその人自身が見えてしまうのは、好きじゃない。もちろん、そういう演出の舞台もあるし、それがエンタテイメントになる場合もありますが。役者の素が見えてしまう舞台には、したくないです」
 演劇ファンは、圧倒的に女性が多い。だからそんな彼を応援するのは、てっきり女性ばかりと思ったら、実は、男性の比率が高いのだとか。
「小劇場からずっと見に来てくれている方の4割5割は、男性のお客さんです。僕の住んでいる町の、近所の飲み仲間のオッちゃんとか。近所のラーメン屋の店主は、開店時間を遅らせてまで見に来てくれました(笑)。それと僕はよく、舞台を見るために下北沢に行くんですが、そこには小劇場の演劇を楽しむ方たちのコミュニティみたいなものがあって、男性の演劇マニアみたいな方たちがたくさんいるんです。そこに混ぜてもらううちに、僕の芝居も見に来てくれたるようになったり」
 そうやって俳優への道を歩き始めて3~4年経った頃、彼の意識を大きく変える、ちょっとした事件があった。
「ひと月ばかり、休める時期があったんです。それまで自分のことでいっぱいいっぱいだったのですが、ふと養成所の同期のことを思い出しました。200人くらいいたけど、みんな、どうしているだろう?って。そこで昔の仲間に連絡を取ってみたら、まだ芝居を続けているのは、1割くらいだよって聞かされた。衝撃でした。僕はそれまでノンストップでいろいろな作品をやらせてもらっていたので、そんな自分の状況がめちゃくちゃありがたいものだったのだと、初めて気付いた。お仕事をいただけてありがたい、うれしいとは思っていたけれど、当たり前のことのように思い始めていたので、ガツンときました。そこからです、自分が関わった作品のことをひとつひとつ思い返して、関わってもらった人、共演した先輩たちの言葉を振り返りました。こういうこと全部、大事にしないと、申し訳ないな、と。おざなりにしてしまったら、すごく失礼なことになる。そのときの思いは、めちゃくちゃ自分の中で大きかったです。そして、忘れていた自分が、怖かったです」