間もなく東京・吉祥寺に、桜姫が現れる。『阿佐ヶ谷スパイダース』の公演『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡』(さくらひめ~もえてこがれてばんどごろし)が始まるのだ。
 いったいどんな公演になるのか、萩庭氏と稽古場に取材に行ったら、ご覧の通りコワモテの面々が出迎えてくれた。劇団主宰の長塚圭史はいて当然としても、齋藤茂男氏は演劇照明界の大先輩、唐﨑修氏は大道具のスペシャリスト、山田美紀氏は超ベテランの演出助手。『阿佐ヶ谷スパイダース』を支える、鉄筋みたいな人たちだ。
『阿佐ヶ谷スパイダース』は昨年、〈演劇ユニット〉から〈劇団〉へと形態を進化させている。どうやらそのへんの話を、この年季の入った人たちは話してくれるらしい。
長塚 去年はまだいろんな考えがブレたり、迷ったりもしていたんです。やっていることが正しいのかどうかも含めて、悩んでいた。プロデュース公演ではなく、違う形で臨みたい。ちょっと間口も広げたいし、若い人たちと僕も交流したい。それで昨年、劇団というものにシフトしてみて試行錯誤してたんですけど、今年この『桜姫』の稽古に入ってみて、その成果を急に実感しはじめました。豊かなやりとりが、できるようになってきた。去年の公演は劇団に移行したばかりで、こうあらねばならない、という意識でガチガチになっていたけど、今は僕たち、すごくリラックスしている。多様な人がこの創作コミュニティに入ってきて、自由に創作に関われる状態が少しずつ出来つつある。稽古場の扉は開かれていて、誰が来ようが、閉ざすことのない集団ができている。それは芝居にも必ず影響することだから、クオリティの高い作品を作る可能性が広がっているんじゃないかな。今年に入って、『桜姫』の現場が始まってからは特に、そう思えるようになったんです。
齋藤 僕はもう半世紀も前に演劇がやりたくて、その中で照明という仕事を選択したんだけど、昔はお芝居をやりたいと思ったら、劇団しかなかったんです。まずは劇団に入って仕事を教わり、一人前になると照明として独立して、そこからいろんな公演に呼んでもらった。だからさまざまな劇団と関わってきたけど、『劇団 黒テント』とか『自由劇場』とか『夢の遊眠社』とか、長いこと関わって、で、どんな劇団もそれぞれ崩壊したり形が変わってしまったり。
山田 栄枯盛衰を見てきたんですね。なかなか永遠には続きませんよね。
齋藤 はっきり言うと、劇団というのは面倒臭いんじゃない?(笑)手間暇かかるし、お金にならないし。
長塚 劇団という大勢の人間関係を背負うのが、面倒臭いんだと思います。その一方で90年代あたりから、プロデュース公演が成り立つようになってきた。
山田 その頃のプロデュース公演というのはつまり、わかりやすく言うと、映画やドラマで活躍していた人が舞台にも進出してきて、そういう人をメインに、いろんな劇団からいろんな俳優さんをかき集めて舞台を作ったんですよね。
長塚 ある意味一過性のものだよね。
山田 お客さんが入るから、そういう公演が増えていったわけです。最近は2.5次元とか、また別の作り方で新しい演劇が生まれて、そこにもお客さんが集まってきていますよね。
齋藤 そういう、劇団というものが存立しなくなりそうな時代だというのに、世の中にあえて抗って今、劇団をやろうという長塚さんの、そういう発想にものすごく惹かれて、僕は『阿佐ヶ谷スパイダース』の劇団員になったんだ(笑)。
唐﨑 前の『阿佐ヶ谷スパイダース』は演劇ユニットだったんですよね。長塚さんにとって劇団とどう違うの?
長塚 ユニット時代は伊達暁と中山祐一朗と僕と3人しかいなくて、もちろん結束力はあるけれど、他の人がいるから楽しめるっていうか。遊び場にいっぱいいろんな人たちを呼んで毎回楽しんでいた。楽ちんなんです。だから続けて来られたのだと思います。でも、このままじゃちょっと続ける意識が見いだせない、と思ったわけで。
唐﨑 しかも今回、大道具とか照明とか舞台監督とか、役者だけでなく、プロのスタッフまで劇団員にしている。それは劇団としてかなり特殊ですよね。
長塚 僕はやっぱり、舞台はスタッフと一緒に作っているという感覚があるんです。俳優たちと作る時間は長いけど、スタッフたちとも同じような感覚。じっくり話し合って、一緒に作っている。等価です。しかもそれが混ざり合うと面白いということを、僕は知っているんです。
山田 そろそろ『桜姫』の話をしましょう(笑)。今回、劇団『阿佐ヶ谷スパイダース』がやるのは、鶴屋南北の『桜姫東文章』の舞台を敗戦直後の日本に置き換えて長塚圭史が書いたもので、実は幻の作品だったんです。2009年にコクーン歌舞伎番外編として上演された『桜姫~清玄阿闍梨改始於南米版』の裏バージョンで、せっかく書いたのに発表されないまま忘れられていた、という。それをなぜか突然私が思い出して、次の公演ではこれをやったらどう? って長塚さんに提案して、実現したという。
長塚 この脚本を書いたときのこと、思い出したんですけど、中村勘三郎さんと串田和美さんに『書いて』って言われて、そのとき、あの人たちから感じるエネルギーがものすごかったんです。稽古しながらふと、頭の中をよぎるんですよ。僕たちは今、勘三郞さんの精神をもとにお芝居に向き合わせていただいているんだなって。もうご一緒することはできないから、それはちょっと、うれしいことなんです。
齋藤 僕は串田さんが最初にやった、中村福助さんが座長のときの公演をやっているし、勘三郞さんと古典編と南米編もやったし、で、今回、長塚さんとできる。『桜姫』はもともと大好きな作品だし、それを新しい劇団で挑戦できるのはうれしいですね。何かここで新しい何かを、初めて試みるものを見つけられたらいいなと、それが自分のテーマです。ベテランでも、貪欲なんです。毎回同じことは、やらないよ(笑)。
唐﨑 ちなみに僕は、大道具とは関係のない、デザイン系もやります。チラシやポスターとかグッズのデザインとかビジュアルデザイン全般を。本来の仕事とは関係ないこと、やらされるんですよ。面白いです、そういうところがね。

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(写真右から)

長塚圭史●ながつか けいし 『阿佐ヶ谷スパイダース』にて作・演出・出演・その他を担当。本公演では〈缶バッジ作り〉も担当しているのかもしれない。
「今年はとにかく日焼けしたいのに慣れないものだからなかなか日焼けできない長塚です」

唐﨑修●からさき おさむ 大道具担当 およそ25年、演劇に関わってきた、頼れる兄貴。前回公演から〈宣伝美術〉を担当、チラシやグッズ製作にも燃えている。
「劇団員も大道具もキャンプもなんでも楽しんでやってます」

齋藤茂男●さいとう しげお 照明担当 劇団黒テント、自由劇場、夢の遊民社など、さまざまな劇団の公演をサポート、半世紀近く演劇の仕事をしている業界の大ベテラン。
「長年舞台に携わり今日まで現役で照明デザインに専念しています」

山田美紀●やまだ みき 演出助手 30年近く演劇関係に携わり、劇団運営に尽力している大ベテラン。
「仕事でそうありたいと思っているのは〈滅私奉公〉、阿佐スパでの私を知っている人は〈滅私〉部分は否定すると思いますが」

  • 出演 :阿佐ヶ谷スパイダース  あさがやすぱいだーす

    1996年、長塚圭史と伊達暁が〈演劇プロデュース・ユニット〉として旗揚げ、後に中山祐一朗も参加。およそ20年後の2017年5月、より自由に、より幅広く活動するために創作コミュニティとしての〈劇団〉に刷新。それを機に新たにオーディションを経て新メンバーが加入、さらにスタッフも合流した。

  • 公式ホームページ・http://asagayaspiders.com/

  • 【公演情報】『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡』(さくらひめ~もえてこがれてばんどごろし)
    作・演出:長塚圭史 原作:4代目鶴屋南北 音楽:荻野清子
    出演:大久保祥太郎、木村美月、坂本慶介、志甫真弓子、伊達暁、ちすん、富岡晃一郎、長塚圭史、中山祐一朗、中村まこと、藤間爽子、村岡希美、森一生、李千鶴
    2019年9月10日(火)~28日(土)吉祥寺シアター
    託児サービス、プレトーク、スペシャルプレトーク、バックステージツアーなど詳しくは阿佐ヶ谷スパイダース公式ホームページへ

    公演詳細について→ http://asagayaspiders.com/

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。
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  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/