夢中になって何かに打ち込んだあと、それをいつ手放すのか。人生の大きな命題だ。
スポーツ選手だけじゃない。仕事も恋も結婚も、趣味も子育ても何もかも、大好きなものほど、それを無くしたときどうするかで、その後に続く人生の質が変わってくる。長谷川穂積はタイトルを失ったあと、それをずっと考えていた。
「どういう辞め方が一番自分らしいのか。世界チャンピオンになって辞めるというのもひとつだと思った。もし世界に挑戦して負けたとしても、これは仕方ないなと思えるような負け方やったら、それでもいいかな、と」
　とはいえ、５年もの間そのチャンスを待ち続けるには、相当のエネルギーが必要だ。引退してしまえば楽になる。けど、彼は楽になることを選ばなかった。
「ボクシングは恋人なんです。恋人と別れるときに、めっちゃ好きやという気持ちを伝えて別れたかったんです。恋人いうても、不倫ですけどね。ボクシングは一生続けることはできないから、いつか絶対辞めなアカンから、結婚できないのと同じことです。だから不倫、ボクシングは不倫相手なんです。で、終わるとき、嫌いになって別れるのか、めっちゃ好きやけど別れるのか。お互い嫌いで別れるより、好きなまま別れる方がいいじゃないですか。それだけですね」
　ボクシングを愛し、ボクシングからも愛されたまま、どうやって別れるのか。それを模索しながら彼はトレーニングを続け、自らを律して昨年のチャンピオン戦に臨んだのだ。　
　試合に勝ち、最高の形で、彼はボクシングに別れを告げた。しかし彼は今もなお、トレーニングを続けている。週に何度かジムに顔を出し、ボクサーである自分を忘れていない。
「試合はＳＥＸですから、もう彼女とＳＥＸすることはない。でもお互い愛し合って別れているんで、今でも練習できるんです。女々しいから、たまに不倫の彼女に会いに行く(笑)。会ってお茶する感じです。顔を見て話をするだけで、安心できるんです」