映画デビューは『太秦ライムライト』。時代劇映画に欠かせない〈チャンバラの斬られ役〉のレジェンド、〝5万回斬られた男〟の異名をもつ福本清三さんが主演した記念碑的作品の、ヒロインに抜擢されたのだ。
 撮影はもちろん、京都・太秦にて。時代劇映画の伝統が今も脈々と息づくスタジオ、一人前の俳優でもびびってしまうという、時代劇映画の総本山とも言うべきスタジオに、山本は新人女優として舞い降りた。当然、新人ならではの洗礼を受けることになる。

「芸能界のことはまったく知りませんでしたし、そもそも太秦という漢字を読むことすらできなかったくらいです、ひどいですよね(笑)。1番驚いたのは、入り時間のことです。〝明日は8時入りです〟と聞いて8時に行ったら、それが大間違い。8時にはメイクをすませておくのが現場の常識でした。それに〝メイク室に13時に来て下さい〟と言われたときも、共演する先輩俳優の方たちより後に新人である私が行くなんてありえない。1時間以上前に行っておかないと、あわてることになるんです」

 太秦ならではの、贅沢な経験もあった。

「松方弘樹さんの殺陣を生で見られたのは、もう、最高の経験でした。打ち合わせもリハーサルもささっとすませただけなのに、いざ本番となったら凄まじいスピードと迫力なんです。殺陣も完璧で、しかも昔から松方さんと一緒にやってきたベテランの斬られ役の方たちは、松方さんの呼吸までわかっているんですね。素晴らしかったです!」

 中国武術が専門の彼女にとって、日本の殺陣は初めての経験だったけれど、なんとかこなしたという。

「気を抜いたら殺される、という感覚とか、移動する速さとか、武術と共通する部分もたくさんあったので、楽しみながら覚えることができました。もちろん、今でも全然ダメだなって思っていますけど、大変さよりも楽しさが勝っているので、〈楽しい〉を〈頑張る〉につなげながら。せっかく太秦でデビューさせてもらったんですから」

 もちろん演技するのも初めて、だったけれど。

「撮影に入る前、大好きな『レオン』という映画を何回も見ました。〝私はマチルダだ〟って思いながら(笑)。そして私は演技するのは初めてなのだから、できなかったらできないで仕方ない。出来るんだったら私はもしかしたら天才かもしれないし、と(笑)、開き直るしかなかったんです。そしていざ現場に入ったら、とにかくその場その場を超えていくことに集中しました。まずは監督さんが言うことをすべて聞いて、目の前のこのシーンを乗り越える。その繰り返しでようやく、クランクアップまでたどり着いたんです」

 あれこれ苦労はしたものの、注目の時代劇でヒロインデビューすることができた。

「初めて女優デビューさせていただいた場所が太秦で良かったと、今は感謝しています。いつかまた時代劇に出て殺陣を披露するのが、私の夢のひとつになりました」

 そしてこの作品での好演が、次の大きなチャンスへとつながっていく。

  • 出演:山本千尋(やまもと ちひろ)

    1996年8月29日生まれ。兵庫県出身。3歳から太極拳を始め、第4回世界ジュニア武術選手権大会・槍術部門で金メダル、ほか銀メダル2枚を獲得。2014年『太秦ライムライト』ヒロインで映画デビュー。2015年舞台『新選組オブ・ザ・デッド』でもヒロインを演じた。2016年、キングダム連載十周年実写特別動画に羌廆(キョウカイ)役で出演、12月公開の映画『仮面ライダー平成ジェネレーションズ』、2017年1月13~15日の舞台『海賊と山賊』など映像・舞台に活躍が続いている。

    オフィシャルサイト http://www.queens-ave.com/talent/chihiro-yamamoto/

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/