父親がオペラ歌手、母親がピアノ講師、東京藝術大学の声楽科に進み、在学中から田代万里生はオペラ・デビューを果たした。クラシック界の新星として順調にキャリアを重ねて行く一方で、田代はヴォーカル・グループ『エスコルタ』に参加。さらにミュージカル界にも進出した。いともたやすくジャンルの壁を超えた、ように見えるけど。

「そうではなかったです。大学生になるまでほとんどクラシック音楽しか聴いてこなかったので、マイクのあるコンサート、スピーカーを使うコンサートに行ったことがなかった。ミュージカルも観たことがありませんでした。エスコルタのオーディションを受けたときも、マイクを持って歌うということや、いわゆるポップスとかポップステイストの曲を歌うことに違和感や抵抗がありました。クラシックは観客が耳をすますという行為がありますが、ミュージカルはあまりに音が大きく、まるで映画を見ているようで、最初の頃はよく頭が痛くなりました(笑)。」

 ところがそこから、大きな変化が始まる。

「エスコルタにシンガーソングライターでもある結城安浩がいて、彼とふたり、家でご飯を食べていたときです。彼が食事の途中で突然、『万里生、ちょっと聴いてくれよ』と言って、僕のためだけに、ギター片手に本気で歌いだしたんです。それが超カルチャーショックでした。それまでの僕にとっては、目の前の友達のためだけに本気で歌い出すなんてあり得ないことだったから。その上『万里生も歌ってよ』と言われて、僕はそのとき、歌えなかったんです。『なんで歌えないの? お前歌い手だろ? なに格好つけてんの?』って言われて、その時気が付いたんです。『たしかに、なんで僕はこんなに自分で自分を制限して、かたくなにあれもダメこれもダメって決めつけているんだろう?』って」

 以来、自分のコンサートでオペラのアリアを歌うときには、自分なりにアレンジして歌ってみたり、クラシックとは違うアプローチで歌ってみたり。

「絶対ありえない、と思っていたことや、クラシックとしては邪道だと思い込んでいたことも、音楽の絶対的なところを大切にしていたら、様々なアプローチも少しずつありだな、と思うようになりました。」

 もちろん、人と違うことをすると、人から何か言われるのが世の常で。

「クラシックの仲間から見たら、『ミュージカルに行った人』と言われるし、ミュージカルの仲間から見たら、『クラシックの人』と言われることが多いです(笑)」

 事実、ミュージカルで田代万里生を見て、オペラに興味を持ち、オペラにハマった人もいる。逆にクラシックファンが、田代が出ているからとミュージカルに足を運び、その魅力に気付いた人も。

「オペラとミュージカルは、歌うということに対するアプローチが全然違うし、唱法も違います。でもどちらも素晴らしいし、どちらも面白い。何より、歌い・演じるという点では、『生の舞台』という同じジャンル。お客さんに喜んで欲しいという根っこは一緒なんです。僕は今、両方大好きだし、どちらもホームだと思っています。何よりも、『大好き!』ということこそが、僕の一番の強みかな、と思っています」

  • 出演:田代万里生(たしろ まりお)

    1984年生まれ。ピアノ講師である母のもとで3歳からピアノを学び、7歳よりバイオリン、13歳よりトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。東京藝術大学音楽学部声楽科テノール専攻卒業。在学中の2003年東京室内歌劇場公演オペラ『欲望という名の電車』で本格的にオペラ・デビュー。2009年『マルグリット』アルマン役でミュージカル・デビューを果たし、その後も数々の作品に出演。近年の主な出演作品に『エリザベート』『スウィーニー・トッド』『CHESS THE MUSICAL』『スリル・ミー』『ラブ・ネバー・ダイ』など。第39回菊田一夫賞受賞。12月20日『田代万里生 華麗なるクリスマスコンサート2016 with はいだしょうこ』開催予定。

    公演情報

    Clementia(クレメンティア)~相受け入れること、寛容~

    『クレメンティア』は、「音楽×演劇×ダンス」一流アーティストたちが本気で遊ぶ、新感覚ショー!。第3弾となる今回は、田代万里生(テノール、ピアノ)、大貫勇輔(ダンサー)、ホリ・ヒロシ(人形舞)桑山哲也(アコーディオン奏者)、浅野祥(三味線プレーヤー)クリヤ・マコト(ジャズピアニスト)と多彩な才能が集結する。
    2016年12月9日(金)19:00開演 10日(土)14:00時開演/18:00開演 11日(日)13:00開演
    天王洲銀河劇場 http://hpot.jp/stage/clementia

    撮影協力

    ヤマハ銀座店 http://www.yamahamusic.jp/shop/ginza
    ※楽器に触れる際には、お近くの店員までお声掛けください。

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/