ピアノに真剣に取り組んだのは、15歳になってから。
 ブラスバンド部でチューバに魅せられ、音大進学を志したものの、入試にはピアノも必須だったのだ。あわててピアノのレッスンを受けるようになると、その音色の美しさにうっとり。高校時代は毎日、ひまさえあればピアノに向かい、防音のためにピアノを布団でぐるぐる巻きにして、練習を重ねた。
 見事音楽短大に入学したものの、狙っていた4年生の音大編入は叶わず。卒業後は大阪の大手老舗デパートの和菓子屋さんに就職した。働きながら自分のためにピアノを弾く、そんな毎日を過ごしていた頃、自宅のピアノを調律していた人から、こう言われた。

「〝よう練習してるなあ。ピアノの内部の金属まで消耗してるで。こんなに頑張ってるんやったら、今度演奏会で弾かへんか? 紹介するで〟って。僕、和菓子屋が忙しいから無理ですって断ったら〝なんや、自信がないんか?〟って言われて、〝やります!〟って」

 その演奏会のメインゲストが、デイヴィッド・ブラッドショー氏とコズモ・ブオーノ氏。世界中で演奏している2人の大ピアニストだった。

「僕の演奏を聴いてくれて〝君のピアノはかなり個性的でドラマチックだ。仕事は何をしてるの?〟って聞かれました。〝デパートで饅頭売っていて、毎日すごくハッピーです〟って答えたら、僕の目をまっすぐに見て、こう聞いてきたんです。〝それは素晴らしい。でも、それが本当に君のやりたい仕事なのかい? 君が本当にしたいことは何なの?〟って。思わず答えていました、〝世界的なピアニストになりたいです!〟って。すると〝何をグズグズしてるんだ、だったらニューヨークに来なさい!〟って」

  • 出演:西川悟平(にしかわごへい)

    1974年、大阪府堺市生まれ。JHCFoundation,Incグリニッチ国際音楽院ディレクター。米日財団会員。15歳からピアノを始め、3年後にニューフィルハーモニー管弦楽団とピアノコンチェルトを共演。99年、巨匠、故ディヴィッド・ブラッドショー氏とコズモ・ブオーノ氏に認められ、ニューヨークに招待される。同年、リンカーンセンター・アリスタリーホールにてニューヨークデビュー。翌年より定期的にカーネギーホールにて演奏。01年、両手の演奏機能を完全に失い、ジストニアと診断された。リハビリにより右手の機能と左手の指2本を回復させ、現在に至る。著書に『7本指のピアニスト』(朝日新聞出版)。

    オフィシャルブログ http://goheinishikawa.blogspot.jp/

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『BAILA』『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://www.haginiwa.com/