日本にも熱烈なファンを持つ、ホ・ジノ監督。長身で、いつもかすかに微笑んでいる。話し方も優しくて、映画監督というより、大学教授とか作家という肩書きが似合いそうな、ソフトなジェントルマンだ。『八月のクリスマス』『春の日は過ぎゆく』など、最小限の台詞で淡々と日常を描き、余白のある詩情豊かな映像を紡ぎ出してきた。恋愛映画の名手と言われるけれど、それだけじゃない。恋のキラキラと同時に、現実の残酷さや不条理さまで余すところなく描ききる。独特の世界観を持つ名監督だ。
 そんなホ・ジノ監督が次回作の脚本を書き上げたばかり、と聞きつけて、早速話を聞くことにした。ヒロインは実在した女性、徳恵翁主(トッキェオンジュ)。通称の「徳恵姫」が仮タイトルになっている。彼女は李氏朝鮮国王・大韓帝国皇帝高宗の王女で、東京の学習院に留学の後、旧対馬藩主・宗家の当主、伯爵宗武志に嫁いだお姫さま。日韓の軋轢の狭間で、波乱に満ちた生涯を送った悲劇の女性だ。

「TVで彼女についてのドキュメンタリー番組を見て、とても印象に残ったんです。それで映画を作ろうと思いました。そういえば『八月のクリスマス』も、TVで有名な歌手のお葬式のニュースを見て、そこからひらめいたんでしたっけ。別にいつもTVを見ているわけじゃありませんが(笑)、ふつうに暮していて、心にふとひっかかる些細なことから、物語が生まれることが多いですね。この徳恵姫の作品では日本を舞台にするシーンが多いですし、日本の俳優さんにも出演してもらおうと、今キャスティングの準備中です」

 昨年は『危険な関係』を作るため、中国で撮影していたとか。活躍の場は韓国からアジア全域へと拡がっている。もちろん欧米でも、彼の作品に対する評価は高い。

「『危険な関係』ではチャン・ツィイーさんに出てもらいましたが、映画を作るときに俳優やスタッフの国籍は関係ありませんね。良い映画を作ろうという情熱は一緒ですから。問題は脚本なんです。世界を相手に、例えばアメリカで映画を売ろうと思うなら、最初から英語の脚本で撮らなければ難しい。でも現実にそのスタイルで作品を撮ろうとすると、それもまた難しいことなんです。ですから僕は、売ろうと思って映画を作ることはしません。基本的に韓国で、自分が作りたいように映画を作る。それで十分だと思うんです」

 それにしても、実在の人物を主人公にすえた、史実に基づいた作品とは! 監督にとっては、新たなジャンルへの挑戦ですね? そう聞くと監督、困ったような顔をした。

「挑戦とか冒険とか、そういう強い言葉は苦手で、あまり使いたくないんです。確かに、今までとは違うテイストの作品になるかもしれませんが・・・・、まあ僕なりに、僕らしい作品になると思いますよ(笑)」

  • 取材/文:岡本麻佑

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://www.haginiwa.com/