谷口敦史は見るからに関西で言うところの「やんちゃな」男である。
 大学を卒業して普通に就職せず、「映画に関わる仕事がしたい」と、上京してきて、まず芝居を志した。

「和歌山の田舎で育ちました。高野山の麓、大阪と奈良の間。レンタルビデオくらいしか娯楽がなくて、映画が大好きになりました。それで“映画に出る人になりたい”と思って」

 彼は上京してバイトをしながら、週に何度か映像関係の役者の養成所に通うことになった。

「どこに住もうかと思って“小田急線”というのを聞いたことがあったので、新宿まで40分の鶴川にしました。それで何かバイトを探していたときに、『マンハッタン花物語』(原題は『Bed of Roses』)という、クリスチャン・スレーター主演の映画を観たんです。お花を届けると、人が笑顔になる。世の中で一番幸せな仕事なんじゃないかと思いました」

 鶴川の駅前で「配達男子求ム」と書かれた貼り紙に飛びついた。入っていって「雇ってください」といきなり言うと「履歴書くらいもって来て」と言われた。

「花屋になるつもりはなかったのですが、そこで一から花の下処理の仕方を教わった。『花屋って思ってたのと違う』とは思わなかったですね。地味な仕事でも別になんとも思わずにやっていました」

 しかし、昼間に稽古のある芝居に出ることになり、彼はその花屋を1年足らずで辞めざるを得なくなった。

「ただ、だんだん、芝居は自分のやりたいこととは違うな、とも思い始めていました。なんというか、自分のことは大好きなんですけど、他人の人生を生きるのはそんなに好きじゃないな、と。お客さんのアンケートを読んで僕の事が書いてあると、うれしいけど、役として見られていないのは役者としてはダメなんだろうなと思ったり」

 2年くらいフリーターをしながら、学生時代にやっていたバスケットをする日々。同窓生は実業団にいたりした。

「25歳のとき、何か一生の仕事を考えないと、と思いました。そのときに思い出したのが花屋だったんです。ああ、そういえばあの仕事は向いていたな、と思いました」

 そこで彼は、実家のある関西に戻った。

  • 谷口敦史

    1975年、和歌山県生まれ。役者を志して上京するが、やがて花屋に就職。実家にいったん戻り、25歳のとき花の仕事に戻り、神戸市東灘区でI’lloney(I’llony)を立ち上げる。2年後、芦屋市に進出。高級ブランド店の飾花を受注するようになる。
    2009年、東京・表参道に進出。自ら作品を撮りためた『FLOWBULOUS』を自費出版し、累計4万部を売る。今年度中にパリ出店を目指し、現在準備中。http://www.illony.com

  • 森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本も多数。
    自著には女性の生き方をテーマにしたものを中心に『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)など多数。映画『ハンティングパーティー』のノベライズ、映画『音楽人』の原作WEB小説などノンフィクション、フィクションを問わず執筆する。
    公式ホームページ http://moriaya.jimdo.com/

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://www.haginiwa.com/