日本に滞在中のミネさんは、とにかく移動日が多い。日本の住まいが京都にあり、活動場所は東京近辺ということもあるが、それだけではないようだ。

「新幹線での移動中が一番、集中できる時間。だから、新しい曲を考えるのも移動している間のことが多いですね。“どこにもいない時間”だから自分に一番アクセスできるのかもしれない」

 ミネさんは作曲のために小さなスケッチブックをつねに持ち歩いている。曲の構想は抽象画のようだったり、グラフのような設計図だったり。自分が感動したことや音になると感じたことを文章で書き留めることもあるという。

 もうひとつ、旅先に必ず持っていくのが“マイ包丁”。京都の有次で買った包丁は、見ているだけでも美しく、思わず魚を捌きたくなるとか。

「世界中どこでも、魚を捌けば日本料理になるじゃないですか。だから醤油としょうが、わさびも必ず持参します。料理を作ってみんなで食べれば楽しくなるし、友だちもできるし、音楽以上に包丁が人を繋ぐ(笑)。世界中で料理をしてきたので、あれほどさまざまな食材を切った包丁はこの世にないと思います」

 使い込まれた包丁は彼女にとって大切な宝物。それにしても「月の法善寺横丁」の歌詞が頭をよぎったのは私だけでしょうか。

 さて、移動中も作曲はするが、もちろん家で曲をつくることが多いミネさん。スペインの住居はマドリード郊外だ。家の中に林があるという広い敷地で、鳥の羽音が聴こえ、風に流れる雲の動きを眺めることができるような静かな環境。そういう状況でこそ、ピアノの曲を作ることができるという。

 曲づくりは、突然に思いついているわけではなく、職人が物づくりをするように目的がはっきりとしているそうだ。なかなか進まないときには、ピアノの前に座って鍵盤を一音ずつ全部弾いてみる。

「これだという音のときは“ピンポーン!”となります。“ピンポーン!”がまるで聴こえない日もあれば、1日の間に何度も聴こえる日もあります」

 ところで、日本では何故、京都に住んでいるのですか?

「山が見えて、土のままの道があって、川が流れていて、防音室ではない部屋でピアノが弾けて、窓を開け放つことができて、国際空港が近くにあって、新幹線が通っていて、大きな郵便局があるところというと、京都しかないんです」

 たしかに東京では難しい。ピアノの音で近所に迷惑をかけたくない、と考えると都心では無理だし、かといって郊外ではその他の条件を満たすことができない。付け加えると、徒歩圏内に飲みにいく店があって、酔っ払っても歩いて帰れる、というのも大切な条件らしいです。

 さてミネさんにとって、京都は住まいがあるというだけではなく、京都では毎年恒例のリサイタルを行っている。その場所とは……。

  • 出演:川上ミネ

    ピアニスト・作曲家。ドイツ・ミュンヘン国立音楽大学ピアノ科卒業。スペイン・マドリッド王立音楽院ピアノ科卒業。元キューバ国立音楽大学講師。京都とマドリッド(スペイン)に拠点をおきながら日本・スペインを中心に世界各国において演奏・作曲活動を行っている。2004年にはグラミー受賞ピアニスト、チューチョ・バルデスと共演し、キューバで大成功を収めた。日本においても05年、“愛・地球博”のオフィシャルマスコット「モリゾーとキッコロ」のテレビアニメの全ての音楽制作を務めるなどの事業に参画。2013年には日本スペイン交流400周年記念事業の公式テーマ音楽担当として公式オリジナルテーマを作曲し、日本スペイン交流400周年開幕記念式典での芸術監督を務めた。この音楽会はスペイン全国に於ける「国が最も推薦するコンサート」として、全国公立劇場のネットワーク(La red de teatros nacional=通称ラ・レッド)に推奨された。NHK Eテレで放送中の「猫のしっぽ カエルの手 京都 大原 ベニシアの手づくり暮らし」の音楽を担当、その楽曲を収録した4枚目のソロアルバム『馨(かおり)』(10年)は、自然と共に生きるベニシアさんのライフスタイルに溶け込むような曲ばかりが収録されている。また、13年公開の映画『ベニシアさんの四季の庭』のサウンドトラックをピアノ一台で仕上げたことも話題になった。14年3月11日には世界遺産であるスペイン・コルドバのメスキータ「聖マリア大聖堂」にて祈りのコンサートを開催する。ボリビアなど南米を中心に音楽を通して国際交流する演奏活動も展開している。

    MINE KAWAKAMI ホームページ
    http://www.minekawakami.com
    日本スペイン交流400周年開幕記念音楽会(日本スペイン交流400周年公式サイト内) http://www.esja400.com/jpn/今井翼×サムライ支倉 大いなる旅への挑戦

  • 取材・文:加藤いづみ

    コピーライター。東京都出身。成城大学文芸学部卒。広告、SP、WEBのコピーライティング、企画のほか、1996年より某企業のPR冊子(月刊)制作を継続して手がけている。
    https://www.facebook.com/mi.company

撮影協力:セルバンテス文化センター東京 http://tokio.cervantes.es
撮影:萩庭桂太