95年のケニー・バロンとのセッションによって、寺井尚子は「ジャズ・バイオリン」奏者としてジャズ界にその名声を広めていくことになった。発表するアルバムの数々は賞を受賞し、02年8月には第1回「東京JAZZ2002」に参加。彼女のステージがハービー・ハンコックの目にとまり、急遽彼のスーパー・ユニットに唯一の日本人として参加し、大喝采を浴びた。

 情熱のこもった演奏は、日本だけではなく、海外でも高く評価される。深く、ずしっとくる音。さぞやお高いバイオリンなのかしらと楽器について尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「いいえ、このバイオリンはノーネームなんですよ。無名の方の作品。イタリアのオールドなんですけどね」

 デビュー直前に出会ったバイオリンで、ずっと奏で続けているお気に入りだ。

「いくつか持ってはいますが、どしゃぶりの雨の日以外は、山中の霧の中でも、36、7度の暑い日射しの下でもこれを弾いているんです。甘やかしていないから、タフなのかしら」

 楽器を弾くとき「体も鳴っている」と笑う。

「ハードな曲は命懸け、って感じです。休みの日には整体の予約を入れていたりするんですが『ああ、このまま寝ていられたらどんなに幸せかしら』と思ったりもします。でも施術してもらうと、ああ、来てよかった、なんてまた思うんですが。すべてが音楽に向かう人生ですから、体と対話して何を食べるか決めています。それがまたステージに結びつきますから」

 彼女にとってバイオリンと体は一体で、どちらがタフかと張り合っているような気さえしてくる。

「私にとってバイオリンは、取り外し可能な体の一部なんです」。

  • 出演:寺井尚子

    神奈川県生まれ。4歳よりバイオリンを始める。少女時代から数々の賞を受賞、1988年、ジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビュー。2003年2月、EMI移籍第1弾「アンセム」で日本ゴールドディスク大賞<JAZZ ALBUM OF THE YEAR(国内部門)>を受賞。同年12月、移籍第2弾「ジャズ・ワルツ」でスイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞「日本ジャズ賞」を受賞。2010年3月、文化庁「芸術選奨 文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」を受賞。2013年1月30日にニューアルバム「セ・ラ・ヴィ」(EMIジャパン)が発売になり、5月には全国ツアーが予定されている。
    http://www.t-naoko.com/

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影協力:STB139 http://stb139.co.jp/
撮影:萩庭桂太