ジャズが彼女を選んだ
寺井尚子
- Magazine ID: 1187
- Posted: 2012.12.18
20年以上、数多くの音楽家にインタビューする機会があったが、いつも思うのは、その人はなぜ、他の楽器ではなく、その楽器を手にしたのだろうか。もっといえば、なぜ楽器でなくてはならなかったのだろうか、ということだ。
たとえばそれがピアノならば、一般的な情操教育として多くの人が小さい頃から手に触れる機会があるから、まだしも理解できる。だが、それ以外の楽器となると、何か運命的なものがあるような気がしてならない。
寺井尚子は4歳のとき、バイオリンを手にしている。6歳でNHK教育テレビの「ヴァイオリンのおけいこ」に出演した。
「まだテレビは白黒だったと思うんですが、先生がとてもきれいな色のドレスを着て演奏されているのを見て、本当に素敵だなと思ったんです。そうしてビバルディの『四季』の『冬』などを演奏されているのを見ると、私も早くそうなりたいと。そのとき私はすでに、オーケストラの一員として弾くよりも、絶対にソリストになりたい、と思っていました」
12歳と14歳のとき、毎日新聞主催の「学生音楽コンクール」で受賞。しかしその二度目の受賞からしばらくして腱鞘炎を発症し、演奏家として不安な状況に追い込まれていた。そのとき、初めて聴いたジャズのアルバムに心が震えた。ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」。16歳の寺井尚子は、それがどういうジャンルの音楽であるかもほとんど知らなかった。
「ライブハウスで収録されているので、食器の音や人の話し声が入っていたりするんだけど、だんだんみんながシーンとしてきて、音楽に夢中になっていく息づかいまでが分かるんです。なんて自由で魅力的な音なんだろうと聴き入りました。その音の感じが腱鞘炎を抱えて不安でいる自分とぴったり合ったんですね。1枚聴き終わったとき、ああこんな世界があったんだ、と、目の前が開けるような気がしました。弾きたい音楽が見つかった、と」
それが、ジャズだった。
「それから独学で、ジャズを勉強しました。私はクラシックの頃から譜面にない音を入れたり、勝手に早く弾いたりしてはよく怒られていましたから(笑)。耳でサウンドを聴く練習をしたり、コードを覚えたり」
彼女がジャズを選んだというよりは、ジャズという音楽が彼女を選び取ったようにも思える。
-
出演:寺井尚子
神奈川県生まれ。4歳よりバイオリンを始める。少女時代から数々の賞を受賞、1988年、ジャズ・ヴァイオリニストとしてプロ・デビュー。2003年2月、EMI移籍第1弾「アンセム」で日本ゴールドディスク大賞<JAZZ ALBUM OF THE YEAR(国内部門)>を受賞。同年12月、移籍第2弾「ジャズ・ワルツ」でスイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞「日本ジャズ賞」を受賞。2010年3月、文化庁「芸術選奨 文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」を受賞。2013年1月30日にニューアルバム「セ・ラ・ヴィ」(EMIジャパン)が発売になり、5月には全国ツアーが予定されている。
http://www.t-naoko.com/ -
取材・文:森 綾
大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810
撮影協力:STB139 http://stb139.co.jp/
撮影:萩庭桂太