現専務の矢部さんがJR東日本東京支社の部長職からテッセイに赴任してきたのは、平成17年7月のこと。それまで鉄道の安全システムの第一人者として知られ、現在もそのことで講演活動をしている矢部さんにとって、清掃、サービスはまったく異分野だった。

 矢部さんの胸中には「あんなところへ行くのか」という言葉が一瞬よぎった。が「どうせいくなら、いい会社にしたい」と考え直したという。

「まずはホーム、コンコースの清掃を主に担当するコメット・スーパーバイザーというチームをつくり、14人を任命しました。制服を新調し、困っている乗客を助けるというような目配りまで、教育、訓練しました。みんな“おばドル”になってください、と、メディアの取材も頼み、この会社の仕事が日陰の仕事ではないことをアピールしたのです」

 働く環境を整えたのも大きな仕事だった。

 スタッフが現場へ出ていく待機所は、新幹線のホーム下に10数部屋ある。その場所のエアコンは古くて効きが悪く、夏場は50度を超える気温になっていた。

「清掃業務というのは、体を動かす大変な仕事なのに、休息を取る場所が快適でないなんてありえない。これでは仕事に支障をきたすし、気分も盛り上がらない。それですべての待機所に4台の新しいエアコンを設置しました」

 総費用800万円の投資。矢部さんがどれだけ経営陣を説得するためにがんばったか、想像に難くない。

 その後、平成19年には柿崎さんという助っ人が加わることになった。現取締役東京サービスセンター所長の柿崎さんの前職は、上野新幹線第2運転所の所長。つまり新幹線運転士のリーダーであった。

 ふたりは「さわやか・あんしん・あったか」というキャッチフレーズを考え、よりいっそう、具体的なシステムづくりと教育へと落とし込んでいった。柿崎さんは事務所の社員の制服まで一新、四季折々にスタッフが扮装するイベントも奨励した。

「夏になって浴衣を着たいという声がスタッフからあがりましてね。それはさすがにJRも矢部さんも絶対に許可しないだろうと思ったので、相談する前に既製品を人数分、買ってきてしまいました(笑)」

 夏はアロハ。クリスマスにはサンタクロース。春には桜の造花が制帽を飾る。

「イベントを用意するほうが、スタッフの緊張感も高まり、やる気につながる。結果的に、事故も少ないようです」

 かくして新幹線のホームは、彼ら彼女らの舞台になったのである。

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太