1985年、スザンヌ・ヴェガの登場は鮮烈だった。

 80年代は、マイケル・ジャクソンやマドンナの全盛期。ダンスミュージックが世界的にヒットしていた。ロックも急速に巨大化していた。

 ジャーニーやヒューイ・ルイスが何台ものトレーナーを連ねて機材を運搬し、アメリカ大陸のあちこちのスタジアムでコンサートを行っていた時代である。

 その時期、スザンヌは時代の流れとは正反対の音楽性を提示した。

 少ない楽器。
 語りかけるようなヴォーカル。
 文学的かつ内省的な歌詞。

 それが実に新鮮だった。

 87年にはスザンヌのアルバム『孤独(ひとり)』がヒットした。さらに、このアルバムからは2曲のヒットチューンが生まれている。「トムズ・ダイナー」と「ルカ」だ。

 「トムズ・ダイナー」で、彼女は自分が暮らす大都会、ニューヨークでの孤独を歌った。街角のダイナーでたった1人、コーヒーを飲む女性を、スケッチするようなタッチで描いている。ア・カペラのアレンジと彼女の声の相性も抜群だった。

 「ルカ」は親に暴力をふるわれながらもけなげに生きる少年の一人語りだ。

 児童虐待をテーマにした音楽など、ほかにはなかった。

 スザンヌの両親は、彼女の幼少時に離婚している。それを機にカリフォルニアからニューヨークに移った彼女は、母親と2人、治安のよくない社会問題を多く抱えるエリアで生活している。その暮らしの中で見たもの、触れたものが、彼女の歌詞のモチーフになった。

「子どもの頃の私は、自分が暮らしている地域がとても嫌いで、家の中にこもって本を読んでばかりいました。だから、私の音楽は、ロックやジャズやクラシックよりも、文学からの影響が多いのだと思います」

 スザンヌの母親は、やがて作家と再婚。義父の影響もあり、スザンヌはさらに“文学化”していった。

「私の友人たちは、パティ・スミスやラモーンズやデヴィッド・ボウイの音楽に夢中でした。でも、私にはロックの魅力が理解できなかった。うるさい音としか感じられませんでした」

 しかし、やがてスザンヌの音楽に対する考え方が変わる。

 きっかけは、ボブ・ディランやピート・シーガーやレナード・コーエンの音との出合いである。

「ディランの『戦争の親玉』や『イッツ・オールライト・マ』に、文学を感じたのです。こんな音楽の表現があるんだ! と。それをきっかけに、ピート・シーガーやレナード・コーエンも聴くようになる」

 そして、19歳の時、ルー・リードに衝撃を受けた。

「アルバム『ベルリン』に入っている『キャロラインのはなし2』です。そこには、私が暮らすニューヨークのドラッグや男女間の問題がファンタジーなんかでオブラートされることなく、ストレートに描かれていました」

「こういう内容を歌にしてもいいんだわ」と勇気がわいてきた。

 それが「トムズ・ダイナー」になり「ルカ」になる。

 そして2014年、スザンヌは、デビュー当時のような文学性の強いアルバムをリリースした。『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』である。

 このアルバムでは、幼児期に虐待されたルカが大人になった姿を描いた曲も歌われている。

『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』

発売中(2014年1月29日発売) CD 2,200円+税 BRC-406
http://www.beatink.com/Labels/Cooking-Vinyl/Suzanne-Vega/BRC-406/

  • スザンヌ・ヴェガ

    シンガーソングライター。1959年米カリフォルニア州出身。生後すぐにニューヨークへ移住。85年にアルバム『街角の詩』でデビュー。その文学的なテイストが話題となる。87年のアルバム『孤独』、そしてシングル曲の「トムズ・ダイナー」「ルカ」が世界的にヒットした。その後も「マレーネの肖像」「キャラメル」「ジプシー」など数々のすぐれた曲を生み続けてきた。2013年に来日して出演したFUJI ROCK FESTIVALのステージも大変な盛り上がりとなった。最新アルバムは『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』(クッキング・ヴァイナル/ビート・レコーズ ¥2,200+税)。

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太