スザンヌ・ヴェガのアルバム『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』は、ペンタクル王国の女王が住む仮想の世界を描いたという。

 しかし、そこには現実世界の、悲しみ、不条理、そして希望が反映されている。

 1曲目は「クラック・イン・ザ・ウォール」。

 「壁の亀裂」という意味だ。

「壁に亀裂が入って、その向こうにあるもう1つの世界に行く想定です。今いる現実世界から、仮想の世界に移るイメージ。アルバムのオープニングにふさわしい曲でしょ?」

 “crack”、“appeared”、“wall”……など、スザンヌは歌詞の一語一語を明確に発声する。

「私は子どもの頃から詩を読むことが好き。音楽も言葉を伝えるツールとして考えていました。だから、今でも言葉を特別に大切に歌っています。メロディのある詩だと思って聴いていただきたい」

 このアルバムには、スザンヌの1987年のヒット曲「ルカ」の主人公が大人になった姿を歌う曲も収録されている。

 「ソング・オブ・ザ・ストイック」である。

 幼い頃親に虐待されて育った少年、ルカはコンサートのローディーになっていた。

 18年間父親の虐待に耐え続けた彼は、苦しみから解放され、働きに働いている。堅実に、地に足を着け、働いている。

「『ルカ』を作り歌った時、この曲があれほどまでの反響が大きいとは思いもしませんでした。ところが、私のもとに世界中から手紙が届いた。私もこの歌と同じ境遇です――という内容でした。ルカのような子どもが世界中にいることを知って、驚きました。ルカはどんな大人になるのか――。あれからずっと考え続けていました。その1つが『ソング・オブ・ザ・ストイック』です」

 歌の中で、大人になったルカは仕事を愛し、そして女性に思いを寄せる。

 ルカは幸せをつかんだんだ!

 束の間、リスナーは、まるで自分のことであるかのように幸せを感じる。

 しかし、彼はその女性とステディな関係にはなれない。

 プラトニックの領域で、彼は苦しみ、もがく。

 作者はルカが幸せになるストーリーを選ばなかった。

『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』

発売中(2014年1月29日発売) CD 2,200円+税 BRC-406
http://www.beatink.com/Labels/Cooking-Vinyl/Suzanne-Vega/BRC-406/

  • スザンヌ・ヴェガ

    シンガーソングライター。1959年米カリフォルニア州出身。生後すぐにニューヨークへ移住。85年にアルバム『街角の詩』でデビュー。その文学的なテイストが話題となる。87年のアルバム『孤独』、そしてシングル曲の「トムズ・ダイナー」「ルカ」が世界的にヒットした。その後も「マレーネの肖像」「キャラメル」「ジプシー」など数々のすぐれた曲を生み続けてきた。2013年に来日して出演したFUJI ROCK FESTIVALのステージも大変な盛り上がりとなった。最新アルバムは『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』(クッキング・ヴァイナル/ビート・レコーズ ¥2,200+税)。

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太