「歌詞を書くとき、私は絵画を描くイメージで言葉をつづっていきます。その音楽を自分で聴いた時、歌詞を書いた時に頭に描いた風景がよみがえるように」

 スザンヌ・ヴェガは打ち明ける。

 新作『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』の中で、彼女のその手法がもっとも生かせれているのが「シルバー・ブリッジ」ではないだろうか。

 この作品では、年老いた1人の男性が息を引き取る姿が描かれる。

「これは実話です。夫の父親がこの世を去った日のことを書きました。彼は自宅で亡くなりました。椅子に腰かけ、窓から外の風景を眺めながら目を閉じました。死であるにもかかわらず、とても平和に感じる最期でした。まるで深い眠りに落ちていくように」

 人は長く生きればそれだけ多くの別れを経験することになる。

 50代になったスザンヌも近年多くの別れを体験している。

「私は、たぶん、別れることが下手な人間なんだと思います。大切な誰かがこの世を去っても、親しかった友人と疎遠になっても、彼らがいなくなったとはまったく思えないんです。別れた気がしない。なぜかしら――。私の中で彼や彼女は頻繁に会っていた時期と同じように生きています」

 人生には光があり、陰がある。

 このアルバムは、その陰の領域をより多く描いた作品だ。

 しかし、ラストナンバー「ホライズン(ゼア・イズ・ア・ロード)」で、ようやくリスナーに希望を感じさせる。

 人は、どんなに努力を重ねても必ずしも成功体験を得られるわけではない。むしろ、報われないことのほうが多いだろう。それでも、努力を積み重ね、自分らしさを見失わなければ、時々かすかな光を感じることがある。そんな原理原則を思い出させる曲だ。

 間奏部で鳴るアリソン・バルソンのファンファーレのようなトランペットが明るい未来を象徴しているかのように響く。

「あのトランペットは、プロデューサーのアイディアです。アリソンは素晴らしい演奏をしてくれました。『ホライズン』という曲の持つメッセージ性を表現してくれています」

 新曲「ホライズン」は、スザンヌの代表曲の1つになりつつある。

 彼女のコンサートでは、後半のクライマックスでこの曲が歌われている。

『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』

発売中(2014年1月29日発売) CD 2,200円+税 BRC-406
http://www.beatink.com/Labels/Cooking-Vinyl/Suzanne-Vega/BRC-406/

  • スザンヌ・ヴェガ

    シンガーソングライター。1959年米カリフォルニア州出身。生後すぐにニューヨークへ移住。85年にアルバム『街角の詩』でデビュー。その文学的なテイストが話題となる。87年のアルバム『孤独』、そしてシングル曲の「トムズ・ダイナー」「ルカ」が世界的にヒットした。その後も「マレーネの肖像」「キャラメル」「ジプシー」など数々のすぐれた曲を生み続けてきた。2013年に来日して出演したFUJI ROCK FESTIVALのステージも大変な盛り上がりとなった。最新アルバムは『テイルズ・フロム・ザ・レルム・オブ・ザ・クイーン・オブ・ペンタクルズ(ペンタクルの女王の物語)』(クッキング・ヴァイナル/ビート・レコーズ ¥2,200+税)。

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太