その時、ブルーノート東京の空気ががらりと変わった。

 11月24日(日)、ステージではデューク・エリントン・オーケストラのきらびやかな演奏が展開していた。

 その8曲目、「キャラバン」の導入部で、バンドのコンダクターでありピアニストのトミー・ジェームスがスペシャルゲスト、セシル・マクロリン・サルヴァントの登場をアナウンスする。

 バーカウンター奥にある楽屋からの花道を白と黒の衣装のシンガーが現れた。セシルである。満員の会場の拍手の中、彼女はゆっくりとした足取りでステージへ向かっていった。

 セシルが最初の1音を発した瞬間、客席の誰もが息をのんだ。

 ピッチの精度も声域の広さも、それまで歌を耳にしてきた多くのシンガーたちとは明らかにレベルが違うのだ。

「カム・トゥ・ベイビー、ドゥ!」「イン・ア・センティメンタル・ムード」……。

 セシルはデューク・エリントンの名曲を次々と披露していく。

 そのシンガーとしての佇まいは23歳とは思えない。特に中音域から高音域に移行する時、実に色気がある。

 彼女の声に魅了されたのは客席だけではない。中年から初老にかけての演奏家が並ぶオーケストラもうっとりと聴き入っている。中でも1列目のサックス奏者と3列目のトランペット奏者は、セシルの後ろ姿をガン見し続けている。

 4曲目、「アイム・ビギニング・トゥ・シー・ザ・ライト」を歌い終え、花道を去るセシルの後ろ姿に、トミー・ジェームスが投げキッスを送った。

 バンドはその後も2曲演奏したが、セシルが歌う前よりも明らかにテンションが高い。客席の興奮も終演まで冷めなかった。

 セシル・マクロリン・サルヴァントは、1990年にマイアミで、ハイチ人の父親とフランス人の母親の間に生まれたジャズシンガーソングライター。2013年7月にリリースされたアルバム、『ウーマンチャイルド』がアメリカでは大変な評価を受けている。

『ウーマンチャイルド』

発売中(2013.07.24発売)
CD 2,000円+税 VICJ-61688
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A024448/VICJ-61688.html

  • 出演:セシル・マクロリン・サルヴァント

    ジャズシンガーソングライター。米フロリダ州マイアミ出身。ハイチ人の父親とフランス人の母親の間に生まれる。幼い頃から声楽とピアノを学ぶ。2007年にフランスのエクサンプロヴァンスに移り住み、ジャズも学び始める。2009年にフランスで、アルバム『セシル』を発表。2010年に米ワシントンDCで開催されたセロニアス・モンク・インターナショナル・ジャズ・コンペディションに出場し、ジャズヴォーカル部門で優勝した。最新アルバムは『ウーマンチャイルド』(ビクターエンタテインメント 2100円)。
    www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A024448.html

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太