デューク・エリントン・オーケストラのショーの翌日、都内のホテルのラウンジで、セシル・マクロリン・サルヴァントと会った。

「昨夜はとても気持ちよく歌えました。素晴らしい夜でした。ブルーノート東京はとても洗練されたジャズクラブ。日本のオーディエンスもとっても温かい。私たちミュージシャンは、そういう客席を求めて旅しているので、とても気持ちよく歌うことができました」

 オフステージで接するセシルはステージの上のベテランシンガーのような佇まいからはイメージできない無邪気さもある23歳の女性だった。クリスチャン・ディオールのパフュームをまとい、真っ白い歯が美しい。

 デューク・エリントン・オーケストラで歌った曲は自分で選曲したという。

「私はクールで、なおかつユーモアもあって、物語性を感じられる曲が好き。それが『キャラバン』『カム・トゥ・ベイビー、ドゥ!』『イン・ア・センティメンタル・ムード』『アイム・ビギニング・トゥ・シー・ザ・ライト』の4曲でした」

 セシルはジャズシーンに久しぶりに現れた王道のシンガー。豊かな声量、広い声域、精度の高いピッチ、フェイクのアイディアの豊富さ……など、王道を進むべき条件をすべて持ち合わせている。彼女のアルバム、『ウーマンチャイルド』を聴くと、それが新人の作品だとはとうてい思えない。すでに100回の恋をして100回の失恋を体験していると感じるほど豊かな表現力の持ち主なのだ。

「声楽の先生のおかげです。私はアメリカのフロリダ州マイアミで生まれて、ずっとクラシックを勉強していました。クラシックのシンガーを目指していたんです。ジャズに出会ったのは、18歳でフランスのエクサンプロヴァンスに渡った時。フランス人の先生が、私にジャズを勧めてくれました」

 ジャズを歌った時、セシルはその歌の中に自分を感じたのだという。

「ジャズは、これこそ私が歌う音楽だわ、と思えた。なぜなのか、その理由は感覚的なものだから上手に説明できないけれど、もしかしたら生まれ故郷から遠く離れて暮らしていたせいかもしれません。ジャズの中にある、アメリカの伝統的なブルース、土臭いカントリーを感じ、故郷に近づいた気はしました。ジャズは、クラシックや教会音楽の影響もあります。私自身のあらゆる気持ちが、ジャズでならば表現できるとも感じました」

 ジャズの国アメリカを離れたことによってジャズの魅力を知ったのだ。

 リスナーとしてのセシルは、ジャズ、R&B、フォーク、ディスコ、ブラジル音楽、キューバ音楽……を聴いてきた。クラシックで学んだ発声に、さまざまな音楽を聴いていたというバックグラウンドが加わり、アルバム『ウーマンチャイルド』になった。

『ウーマンチャイルド』

発売中(2013.07.24発売)
CD 2,000円+税 VICJ-61688
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A024448/VICJ-61688.html

  • 出演:セシル・マクロリン・サルヴァント

    ジャズシンガーソングライター。米フロリダ州マイアミ出身。ハイチ人の父親とフランス人の母親の間に生まれる。幼い頃から声楽とピアノを学ぶ。2007年にフランスのエクサンプロヴァンスに移り住み、ジャズも学び始める。2009年にフランスで、アルバム『セシル』を発表。2010年に米ワシントンDCで開催されたセロニアス・モンク・インターナショナル・ジャズ・コンペディションに出場し、ジャズヴォーカル部門で優勝した。最新アルバムは『ウーマンチャイルド』(ビクターエンタテインメント 2100円)。
    www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A024448.html

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影協力:ブルーノート東京 http://www.bluenote.co.jp/jp/
撮影:萩庭桂太