釜山国際映画祭2013の取材申請は、インターネットで日本からした。

 なんだか不安であった。

 「なんて書けばいいんですか」と萩庭桂太に尋ねると、見本が送られてきた。

 媒体名のところに「Y.E.O」と書いてある。

 わかるのかなあ。これ。私はそう思ったが、事務局はさらにそう思ったようで、申請書は「 Y.E.O ? なにそれ?」という感じで一度差し戻された。そりゃそうだろう。ドラマ『安堂ロイド』に出てくる暗号じゃあるまいし。

「文藝春秋」という社名や、フォト&インタビューの連載であることなどを説明し、我々の取材許可はやっとおりたのであった。

 間に入っていろいろ助けてくださったのは、映画プロデューサーであるアン・ドンギュ氏である。前回もちらっと書いたが、アン氏は二十数年前から週刊文春の「原色美女図鑑」韓国編で萩庭桂太をサポートしてくれたという人だ。今や現地の草分け的映画プロデューサーとして、アジアを股にかけた仕事をしている。とにかく一緒に歩いていると、30メートル置きに握手を求めに来る人がいる。それが有名な映画監督や役者だったりするのだ。年中Tシャツにジーンズといういでたち。北千住のスナックにおしのびで来てしまった普段着のチョー・ヨンピルさん的な風貌が憎めない。

 アンさんはその場でどんどんインタビューのアポイントを取り付けていった。

 そして我々は気づけば2日間に6人の役者の取材をさせてもらえることになった。アンさんはそれでもまだ言った。

「……足りませんか」。

 オープニング・パーティーから、私は一人の儚げに美しい女優が気になってしかたがなかった。ふと見ると、ハギニワも彼女を追っている。

「彼女はなんという女優ですか」

 アンさんに尋ねると、名前よりも先に「取材したいですか」と聞いてきた。うなずくのを待つよりも先に、アンさんは彼女のマネージャーのところへ行っていた。

「大丈夫です。明日、ホテルで。実は彼女は、ベネチア国際映画祭に招待され、大きな話題になったキム・ギドク監督の最新作『メビウス』のヒロインですよ」

 少し調べると『メビウス』は大変な作品だということがわかった。まずキム・ギドクは昨年のベネチア国際映画祭で『嘆きのピエタ』で金獅子賞を受賞している大注目の監督だ。今回の作品は主の浮気から崩壊していく家庭を描いている。母親と息子の近親相姦もあり、暴力的、官能的な表現が多いことで、韓国では公開を前に審議が重ねられた。約30シーンをカットし、公開年齢を制限することで3度目の審議でようやく公開が決まったという。

 イ・ウヌはほとんどノーメークで、やって来た。

「女優を始めて8年になります。『メビウス』は素晴らしい映画です。ベネチアではノンコンペティション部門でしたが、スタンディングオベイションを受けました。あの大きな拍手は忘れられません」

 『メビウス』の脚本を読んだ事務所は彼女に出演を思いとどまるように言ったが、彼女はそれを聞きいれず、事務所を辞めたのだった。

「私は難しい映画だとは思いませんでした。監督、共演者と納得いくまで話し合い、役作りできましたし。内容に関しても、人間がもっている本来の欲望がテーマになっています。観てくださる方達が自分自身を取り戻せるような作品だと思います」

 日本にはまだ来たことがない。

「機会があればぜひ日本の映画に出てみたい。日の光のように何かを照らし出せるような、深い演技ができるようになりたいですね」

 最後に握手をしたら、ものすごく冷たい手だった。

 体温が低い、というのは、色気のひとつなのかもしれない。

(取材・文:森 綾/撮影:萩庭桂太)