「釜山国際映画祭の取材に行きませんか」。萩庭桂太がそう言っていたのはたぶん1年くらい前だと思う。

 なんでも20年くらい前、週刊文春で「原色美女図鑑」をやっていたときに、その韓国編でずいぶんお世話になったコーディーネーターさんたちが関わっているというのである。しかも当時は若かった彼らも、立派な映画プロデューサーとなっているらしい。

 韓国での映画プロデューサーという立ち位置は日本のそれとはかなり異なる。日本のように製作会社や放送局にいるわけではなく、個人の立ち位置で自在に動き、企画を立て、映画監督、俳優のキャスティングもする。最終的な売り上げの取り分も驚くほど大きい。とにかく、映画界を動かしている最前線にいる人たちなのだ。

「だから、韓国の役者さんもどんどんインタビューできるんだよ」

 そう聞いて私の脳裏にはイ・ビョンホンやクォン・サンウら、韓国イケメン俳優の顔がずらーっと並んだ。新しい俳優をほとんど知らないが、きっともっと男前がいるにちがいない。

 しかし私は1年前のその話をほぼ忘れていた。それにYOUR EYES ONLYの取材は自腹だ。

 私は6月のスペイン旅行で散財し尽くしてしまっていた。

「い、いくらかかるんでしょうか」

 おそるおそる尋ねると、エアプサンというので往復航空券とサーチャージ等込みで、28800円で行けるという。

「宿もシングルユースで3000円くらいからあるんだよ」

 打ち合わせでハギニワは自慢げにそう言った。が、数時間後「さっきの宿泊代の話はちょっと違いました」というメールが来た。そのサイトを見てみると、二段ベッドを2つ置いた2等船室みたいな部屋の写真があった。

 ……大丈夫なんだろうか。怖くなって電話すると、ハギニワは言った。

「大丈夫。向こうへ行ったら、アン・ドンギュさんに全部任せればいいからさ」

 結局、映画プロデューサーのアン・ドンギュさんの手配で、我々はちゃんとした宿まで手配してもらえることになった。

 去年の台湾取材の時はすべて木山善豪さんというプロデューサーが取り仕切ってくれたが、そんなワールド・ワイドな人任せ精神で良いのであろうか。本当に韓国の役者さんを取材できるのであろうか。

 そこへ、日本人の映画監督が短編のコンペティション部門でノミネートされているという話が入ってきた。

 富名哲也監督。映画のタイトルは『終点、お化け煙突まえ。』。

 Youtube に上がっている予告編を見ると、この連載にも登場してくれた玄里も出ていた。

「とりあえず、富名監督の密着取材は絶対にできるから」

 私はハギニワの言葉を性懲りもなく信じて、釜山に行くことにしたのだった。

  • 出演:富名哲也

    映画監督。北海道釧路生まれ。1995年、大学卒業後に留学のため渡英。ロンドン・フィルム・スクールにて映画製作を学ぶ。1999年、同校で監督・脚本した作品が、BBC主催の映画祭にてBEST部門に選出され、他多数の世界中の映画祭に招待される。2001年に帰国。結婚後、2013年春に夫婦で製作した『終点、お化け煙突まえ。』(英題“At the Last Stop Called Ghost Chimney”)が、アジア最大の映画祭、第18回釜山国際映画祭のコンペ部門に正式招待される。2013年11月にスペインで開催される第55回ビルバオ国際映画祭では、応募総数3367作品からコンペ部門に選出されるなど、海外の映画祭に次々と招待され、今後、世界での活躍が期待されている。
    http://TETSUYAtoMINAfilm.com

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太