大学生の時、バイトで貯めたお金で彼はロンドンへ旅立った。6年間イギリスで映画を学び、本格的に映画に取り組むことになったのは、子どもの頃、母親とよく映画を見に行った楽しい思い出があったからだという。

「結局、1995年からロンドンに約6年間いたんですが、貯蓄は完全に途中で使い果たしました。1カ月くらい家のない状態が続き、マックに泊まったり、学校に泊まったり、マーケットのベンチで寝たりしていたこともあります。助成金をもらい、親や兄貴からも援助してもらって、なんとか居残りました」

 映画学校はコヴェント・ガーデンにあった。近隣には美術館も多く、無料で入れる。たくさんの芸術に触れられる環境では、貧しいと感じることは一切無かった。

「むしろぼくがビンボーすることも、人種差別や所得格差のあるロンドンだから、『しょうがない』と割り切れたのかもしれません。いい思い出ですね」

 学生生活の最後には嬉しい評価も得られた。

「監督を目指すぼくたちはみんなにプレゼンテーションして、勝ち抜いた企画をもとに、スタッフを集めて映画を撮らなくてはいけないんです。ぼくが撮った映画が学校の代表のひとつとして選ばれ、映画祭にかけてもらうために特別にフィルムプリントを作ってもらいました。BBCが主催するショート・フィルム映画祭でベストセレクションに入ったときには本当にうれしかった。そこからさらにいろんな映画祭に呼んでもらえるようになりました。ホームレスしていたことも報われました(笑)」。

 そのときの作品『Something Secondary』は、肉屋を舞台に「肉体の煩わしさ」を描いた作品だったという。

「肉体の煩わしさ、って難しそうですけど、体があるから今こうやって生きていられるわけですが、昔、全身を皮膚炎で煩わされたことがあって、体があるって同時に面倒だなって思うことがあって、そんな気持ちを表したかったんです」

  • 出演:富名哲也

    映画監督。北海道釧路生まれ。1995年、大学卒業後に留学のため渡英。ロンドン・フィルム・スクールにて映画製作を学ぶ。1999年、同校で監督・脚本した作品が、BBC主催の映画祭にてBEST部門に選出され、他多数の世界中の映画祭に招待される。2001年に帰国。結婚後、2013年春に夫婦で製作した『終点、お化け煙突まえ。』(英題“At the Last Stop Called Ghost Chimney”)が、アジア最大の映画祭、第18回釜山国際映画祭のコンペ部門に正式招待される。2013年11月にスペインで開催される第55回ビルバオ国際映画祭では、応募総数3367作品からコンペ部門に選出されるなど、海外の映画祭に次々と招待され、今後、世界での活躍が期待されている。
    http://TETSUYAtoMINAfilm.com

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太