翌日、富名哲也監督作品『終点、お化け煙突まえ。』の上映を観た。

 予告編を見たときはホラー映画のような空気感を感じたのだが、釜山のシネコンの巨大スクリーンで観ると、意外にそうは感じなかった。むしろ、かつて自分もそこにいたかのような、不思議なリアリティがあった。

 20分程度のストーリーの中で、主な登場人物は3人。バスの運転手に恋する女子高生。バスの運転手。そしてそのバスの運転手の元恋人だった女。

「3人とも、お化けなんですが、自分たちが死んだことがわからなくて、漂っている人たち。バスは道路という三途の川の上をぐるぐると回っているイメージです。途中で降りては、また乗り込んでくる」

 富名監督の作品のアイディアの元になったのは、彼の亡くなった父親が関係しているようだ。

「父親はぼくが2歳のときに亡くなったのですが、物心つくと目の前には仏壇があった。母親は父が死んで仏さまになって天国に行ったんだと教えますよね。でも本当は、父親はどこに行ってるんだろう、死んだらどこへ行くんだろう、という思いは常にあったんです。三途の川を渡る前と渡った後。その間にいる人はどこにも向かっていない感覚をもっているんじゃないかなと、ふと思ったんです」

 どこにも向かっていない感覚。それを監督は「宙づりの状態」とも言った。彼自身、生きている人間ではあるが、そんな漂いの感覚をもち続けていたらしい。

「『自分は今、どこにいるんだろう』という感覚をもっている人はぼくだけじゃない気がします。どこから始まったのかも、目的地もわからない。人生って、常にそういう漂う感覚があるものなんじゃないかな。ぼくはバスに乗るのが好きなんですけど、バスに揺られて動いている感覚は、それに似ているかもしれない、と思ったんです」

 監督の話を聴いていると、どうしてもこれを撮りたい、という突き動かされるような欲求ではなく、何かに導かれるようにこの作品にたどり着いたというような感じがする。

 いったいこの人はどういうふうに映画そのものと出会ったのか。インタビューをしながら、私も監督の謎にひかれていった。

  • 出演:富名哲也

    映画監督。北海道釧路生まれ。1995年、大学卒業後に留学のため渡英。ロンドン・フィルム・スクールにて映画製作を学ぶ。1999年、同校で監督・脚本した作品が、BBC主催の映画祭にてBEST部門に選出され、他多数の世界中の映画祭に招待される。2001年に帰国。結婚後、2013年春に夫婦で製作した『終点、お化け煙突まえ。』(英題“At the Last Stop Called Ghost Chimney”)が、アジア最大の映画祭、第18回釜山国際映画祭のコンペ部門に正式招待される。2013年11月にスペインで開催される第55回ビルバオ国際映画祭では、応募総数3367作品からコンペ部門に選出されるなど、海外の映画祭に次々と招待され、今後、世界での活躍が期待されている。
    http://TETSUYAtoMINAfilm.com

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太