山下久美子さんのアルバムに『抱きしめてオンリィ・ユー』という名盤がある。

 私は高校時代のある時期、これを毎日のように聴いていた。アルバムとしてとてもストーリー感があって、歌詞がおしゃれで、音は耳なじみがよかった。まるで自分がこのアルバムの中にいるように錯覚をして『Olive』を読み、スタジャンを着ていた。ボーイフレンドは『POPEYE』を読んでベスパを欲しがっていた。そういう時代だった。

 どの曲も好きだったけれど、特に好きだったのが『時代遅れの恋心』だった。アルバムの中ではちょっと異色な、レトロな感じのするバラードで、下田逸郎作詞、大沢誉志幸作曲だった。この頃はまだ『そして僕は途方にくれる』も世に出ていなければ、苗字の漢字も大沢であった(99年に大澤に改名)。

『時代遅れの恋心』は、夢を追いかけて蜃気楼の向こう側へ行くという恋人を見送る歌である。当時はもちろん、そんな経験はまったくないのに、私はこの歌が痛く好きで、大学時代、神戸のホテルのセラーバーで歌ったりしていた。

 お二人にお目にかかったときに、そのことを告白すると、大澤さんと山下さんは「それは珍しいね」と、とても喜んでくださった。

「ぼくにとっても思い入れがある曲。あのとき、アルバムで久美子が歌ってくれて、うれしいのと悔しいのが相まっていたなあ」

 大澤さんはぽつりとそう言った。

 今回、山下さんと大澤さんが二人でつくったアルバム『&Friends』には、もちろんこの曲が入っている。が、歌っているのは山下さんではなく、大澤誉志幸さんだ。

「10数年前にも一度、歌わせてもらったことがある。歌詞が下田逸郎さんだから、男が歌ってもはまるんだよね」

 確かに、女性が歌う時とは違う情感が生まれる。別れのその時ではなく、長い時間が経ったのちに、見送ってくれた女性のことを男性が思い出しているような。若い頃には何とも思わなかった出来事が、ある日ふとそのまんま原色で思い出されるような。

 3月25日に発売される『&Friends』にはそんな曲が何曲も入っている。
 なぜ今、二人はこれを出したんだろう。なぜ今、一緒に歌おうと思ったのだろう。

 いろんな「なぜ」はあるけれど、目の前にいる二人はとても自然にいい友達、なのであった。

  • 出演:山下久美子&大澤誉志幸

    山下久美子は大分県生まれ。1980年にデビュー、『赤道小町ドキッ』など多くのヒット曲をもつ。独特の歌唱とリズミカルな動きでライブの女王とうたわれ、「総立ちの久美子」の異名をとる。2000年に双子を出産、音楽活動は緩やかに続けている。
    大澤誉志幸は1957年東京都生まれ。81年にバンドデビューするが同年12月に解散。83年にソロ・デビューし、『そして僕は途方に暮れる』などのヒット曲を出す。沢田研二、吉川晃司らへの楽曲提供でもヒットを連発。99年3月に歌手活動を休止、02年に活動を本格開始。このとき名前を大澤誉志幸に改名。今年は二人のユニットで、3月25日にアルバム『&Friends』をリリース。4~5月にコンサート活動も行う。
    http://www.teichiku.co.jp/artist/yamashita-ohsawa/

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太