3月のある日、新宿のスタジオに、譜面の束を抱えて吉田美奈子が現れた。この日から2日間、ここで全国ツアーのリハーサルが行われる。

 編成はトリオだ。

 吉田のヴォーカル。

 河合代介のハモンドオルガン。

 沼澤尚のドラムス。

 河合も沼澤も一級の演奏家だ。

 スタジオでは、吉田、河合、沼澤、3人それぞれが自分の楽器のサウンドチェックを行っている。マイクを通して話しながら、吉田が首を傾けた。自分がイメージする声とは微妙に違うらしい。

 何度か発声を試みて、あきらめたのか、マイクをセッティングし直した。

「マイクを交換するから、ちょっとだけ時間をください」

 メンバーに伝えて、新しいマイクを取り出している。

「ライヴが多いと、1年半に2本のダイナミックマイクをダメにします」と吉田。マイクの寿命がそんなに短いとは、初めて知った。

 リハの1曲目は「BEAUTY」。オリジナルは1995年にリリースされたアルバム『EXTREME BEAUTY』に収められているコーラスが美しい曲だ。

「いいですねー」

 沼澤の顔が思わずほころぶ。このアルバムのツアーで、沼澤は吉田のバンドに初参加しているのだ。

 「BEAUTY」のオリジナルはアップテンポ。
 3人は16ビートで演奏する。
 グルーヴがカッコいい。

 メンバーと取材スタッフの5人しかいないクローズドなスタジオに吉田の圧倒的な声が響く。抑え気味に歌うリハであるにも関わらず、聴くこちらの感情が揺さぶられる。ライヴ本番ではどんなふうになってしまうのだろう。期待がふくらむ。

 ところが、吉田は歌と演奏をストップして首を傾げた。どうやら本人がイメージする音ではないらしい。

「リムショットにして、8ビートでやってみようか」

 吉田が2人に提案した。リムショットというのは、ドラマーが、スネアドラム(小太鼓)のヘッドではなくリム(小太鼓の金属の枠)でリズムを刻むショットだ。

 テンポを替えると、別の曲のようにテイストが変わる。8ビートの「BEAUTY」も気持ちいい。カツッ! カツッ! とスティックが小気味よくリムを鳴らす。しかし、吉田はまだ何か思案している表情だ。

「私のイメージと少し違うので、少し考えさせてくれる? でも、もうちょっとで見えそうだから、明日またやりましょう」

 そう言って譜面をめくった。

 2曲目は「星の粉雪」。こちらも、スネアとリム、テンポを変えながら試してみる。同じ曲でも、アレンジを変えるとまったく違う風景が見えるから、音楽は不思議だ。リムショットにしたら、演奏によって頭の中に広がる雪景色がきらきらしてきた。

 このようにして、3人で演奏をしながら選曲し、リハを重ねていく。

「TRIM」というのがこの3人のユニット名。景色や、画像や、映像を切り取るという意味だ。ツアータイトルは「~TRIM~ CARAVAN TOUR 2013 吉田美奈子 & 河合代介 meets 沼澤尚」。

 下記の通り、日本全国で43公演を行う。どこも客席数数百の会場。ステージに近い席を確保すれば、マイクを通さない吉田美奈子の生声を味わえる。

「~TRIM~ CARAVAN TOUR 2013 吉田美奈子 & 河合代介 meets 沼澤尚」

3月21日(木) 宮崎、25日(月) 長崎、26日(火) 博多、4月5日(金)・6日(土) 東京目黒、10日(水) 金沢、5月2日(木) 横浜、11日(土) 札幌、16日(木) 仙台、21日(火) 名古屋、24日(金) 大阪、6月1日(土) 広島、5日(水) 神戸、6日(木) 京都、13日(木)・14日(金) 東京目黒など全国43か所

詳細は http://www.la-la-bells.com/ をご参照ください
※ツアー会場ではTRIMのスタジオライヴDVDを発売(3,500円)。

  • 出演:吉田美奈子

    音楽家。1953年生まれ。当時交流を持った細野晴臣(現・YMO)や松本隆(現・作詞家)などに影響を受け、楽曲制作を始める。間もなくシンガー・ソング・ライターとして、ライヴ中心の音楽活動を開始。1973年、アルバム『扉の冬』で本格的にデビューの後、CM音楽(1985年・第33回「カンヌ国際広告映画祭」銀賞受賞)制作や、他の歌手などへの楽曲提供(現在までに130曲を越える)、プロデュース、アレンジを含む一人多重録音によるコーラス歌唱等のスタジオ・ワークも行っている。2012年1月現在、オリジナル・アルバム19作品(ライヴ、ベスト、シングル、企画盤は除く)、コラボ・アルバム3作品、ライヴ映像収録DVD等を4作品リリースしている。ジャンルを取り払った自由自在な音楽活動は、クオリティーを保ちながらも個性を発揮するミュージシャンとして、多方面から共演を熱望され、常に高い評価を得ている。

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生きていたジャズミュージシャンのほとんどにインタビューを行った。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太