吉田美奈子のライヴを初めて見たのは1995年だった。中野サンプラザホールである。当日券があることを知り、会場を訪れると、2階の最後列に1席だけが残されていた。幸運だった。その夜の何曲目だっただろうか、かなわぬ恋の末に別れを受け入れる男女を描く「時よ」が歌われた。

 2人の最後の夜。

 おそらくもう2度と会うことはない。

 別れることができずただ街をさまよう。

 夜明けが近づいてくる。

 そんな情景が歌われていくバラードの名曲だ。涙が溢れた。周囲でも、何人もの人がハンカチで涙をふいていた。

 それからというもの、吉田のライヴはスケジュールが許す限り観続けた。ブルーノート東京や水戸の千波湖で行われたエレクトリックピアノとのデュオ。六本木ピットインでのファンクライヴ。ブラスバンドをバックに歌ったシアターコクーン。品川のグローリア・チャペルでのピアノとのデュオ。ビルボードライブでのギターとのデュオ。

 そして、ずっと定期的に行っている六本木STB139スイートベイジルのバンド編成のライヴや目黒のブルース・アレイ・ジャパンでのハモンドオルガンとのデュオやTRIMにも通った。

 編成や会場によって、吉田の歌はまったく別の風景を見せてくれる。

 2007年の夏、東京大田区の池上本門寺の野外ステージで、夜の帳が下りた時間帯に聴いた「恋」と「8月の永遠」は特別だった。

 髪にからまる風、夕闇に沈む路地……、吉田の歌には色彩があり、匂いがある。
 あの夜、小説と同じように、音楽にも行間があることを知った。

 わずか数分の楽曲で歌われる短い歌詞の間にも、景色や物語がある。

 それは、メロディ、リズム、アレンジ、演奏、そして声によってくっきりと浮き立つ。そして、1つの音楽で思い浮かべるその風景や物語はリスナー1人1人すべて違う。

 吉田美奈子の音楽によってあらためて思った。

「~TRIM~ CARAVAN TOUR 2013 吉田美奈子 & 河合代介 meets 沼澤尚」

3月21日(木) 宮崎、25日(月) 長崎、26日(火) 博多、4月5日(金)・6日(土) 東京目黒、10日(水) 金沢、5月2日(木) 横浜、11日(土) 札幌、16日(木) 仙台、21日(火) 名古屋、24日(金) 大阪、6月1日(土) 広島、5日(水) 神戸、6日(木) 京都、13日(木)・14日(金) 東京目黒など全国43か所

詳細は http://www.la-la-bells.com/ をご参照ください
※ツアー会場ではTRIMのスタジオライヴDVDを発売(3,500円)。

  • 出演:吉田美奈子

    音楽家。1953年生まれ。当時交流を持った細野晴臣(現・YMO)や松本隆(現・作詞家)などに影響を受け、楽曲制作を始める。間もなくシンガー・ソング・ライターとして、ライヴ中心の音楽活動を開始。1973年、アルバム『扉の冬』で本格的にデビューの後、CM音楽(1985年・第33回「カンヌ国際広告映画祭」銀賞受賞)制作や、他の歌手などへの楽曲提供(現在までに130曲を越える)、プロデュース、アレンジを含む一人多重録音によるコーラス歌唱等のスタジオ・ワークも行っている。2012年1月現在、オリジナル・アルバム19作品(ライヴ、ベスト、シングル、企画盤は除く)、コラボ・アルバム3作品、ライヴ映像収録DVD等を4作品リリースしている。ジャンルを取り払った自由自在な音楽活動は、クオリティーを保ちながらも個性を発揮するミュージシャンとして、多方面から共演を熱望され、常に高い評価を得ている。

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生きていたジャズミュージシャンのほとんどにインタビューを行った。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太