あるとき、私は友人のKさんに娘について相談された。

「大学3年生になる娘にね、彼氏がいるのよ。それはいいんだけどさ、この前の夏休みに彼氏と初めて旅行に行ったらしいのよ」

 初めての旅行。なんという甘酸っぱい響きであろうか。私は遠く懐かしむ目で答えた。

「いいねえ。まあでも、母親としてはなんと言っていいか、ちょっと複雑だねえ」

 Kさんは公私ともにキャリアを積んだ50歳手前の女性である。そのあたりはおおらかに構えているはずだ。しかし母親というものは実の娘に対しては保守的になるものなのだろう。

 ところが私の心配とは違うところに、彼女の心配はあったのであった。

「それがさ。何もしてないって言うんだよね」

「え」

「今の若い人って、けっこうそういう人が多いらしいのよね。つきあっても、その、セックスはしない、っていう……」

「ちょっと待って。それは付き合うとは言わないでしょ」

 彼女は目を見開いて、うなずいた。

「あ、私も同じこと、娘に言った!」

 いったいどういうことなのであろうか。

 肉食系、草食系、という言葉が流行ったが、さらなる絶食系が現れているのか。昔からプラトニック・ラブという言葉はあるが、それが今流行なのであろうか。

 そして今回、この壇蜜のような黒髪の、23歳の黒部菜々佳ちゃんからも、同じような話を聴くことになったのである。

 彼女は言った。

「私も結婚するまで守りたい派ですね」

 じゃ、彼氏いない歴23年ってこと?

「いえ、大学に入って初めて彼氏はできました。半年付き合いました」

 じゃあさ、付き合うって何を意味しているわけ?

「メールをやりとりしたり、会ったり。あ、キスまでは」

 私は絶句した。やがておもむろに、まるで牧師のように、萩庭桂太はそれは道徳観念の問題ではあるが、20歳を過ぎて守る守らないというのはあまり意味がないことではないか、……と説き始めた。菜々佳ちゃんは「何を言ってるんだろ、このおっさん」という顔できょとんとしていた。

 与謝野晶子の歌が浮かんだ。

 やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや 道を説く君

  • 出演:黒部菜々佳

    1989年東京都生まれ。13歳からモデルとして活動し、2012年、学習院大学在学中に準ミスインターナショナルジャパンに選ばれる。現在、東宝芸能に所属。初主演映画『雫』がこの春、東京イタリア文化会館などで公開される。
    問い合わせ先・東宝芸能(tel: 03-3504-0789 mail: nagano@toho-ent.co.jp

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太