「来週、台湾取材に行くからね」

 萩庭桂太は突然そう言い出した。へえ、すごいな、文藝春秋社は。ギャラがタダ同然の代わりに、取材は豪勢にも海外に行けるんだ……、と思った私は、あさはかだった。その次に出てきた言葉に、こめかみあたりの血管で血液が逆流し始めたのを感じた。

「で、森さん、いくらだったら出せる?」

 はあ? 自腹なの? 海外取材が? ありえない。もう辞めよう、こんな仕事。ああ、辞めた、辞めた。

 しかし次の瞬間、私の頭には「連載、楽しみにしてますよ」「面白いよ」と言ってくれる数人の友人たちの顔が浮かんだ。大阪の母親に至ってはパソコンのお気に入りに登録までしている。始まって1カ月や2カ月で辞めましたというのも、なんだか悔しい。

 私が逡巡していると、萩庭桂太がこう言った。

「台湾に恩返しをしたいんだよ」

 東日本大震災への台湾からの義援金は200億円を超えて今なお増え続けているというニュースは私も記憶していた。しかも現地の新聞社などが行った調査によると、2011年に台湾国民にとって最も幸せだった出来事の第1位が「日本への義援金額が世界一だったこと」だというのである。

「それを日本のマスメディアはちゃんと報道しないでしょ。ダメだと思うんだよ。もっと、台湾の厚意にきちんと恩義を感じないと。だから今回は、台湾へのお礼もかねて、台湾美女を総まくりしようと思うんだ!」

「わ、わかりました。取、取材費、出しますよ。今度は台湾に寄付すると思えばいいんでしょ」

 私には、あの震災時に何のボランティアも出来なかったという負い目がある。だがしかし、YOUR EYES ONLYで台湾の美女特集をやることが、果たしてどれだけ台湾への感謝の意の表明になるのかはよくわからない。

 よくわからないが、萩庭桂太の鼻息に気おされて、気がつくと私は台湾に行くことになってしまっていたのだった。しかし渡航費は今すぐには出せないので、とりあえず萩庭桂太に借金することにした。何だかだまされているような気がしないでもない。

 その週の頭から、萩庭桂太は嬉々としてひとり台湾に飛び立った、らしい。

 私は東京での仕事があって金曜からしか発てなかった。でもまあ、取材するのは5人くらいだろうから、日曜日にはゆっくり観光ぐらいできるんだろうなと考えていた。10年ほど前に初めて行った台湾では、故宮博物院をじっくり観たものだった。あそこは広くて何回行っても見応えがあるんだよなあ、とニマニマしながら、チケットを見て、またしてもこめかみのあたりで血液が逆流する音が聞こえた。

「BR192便 8時50分発」

 ということは、7時前に空港に着いてなくちゃいけないんじゃないの! 

 しかもPCには「台湾取材リスト」というタイトルのメールが萩庭から届いていた。思考不能状態でそれを開けると、ずらずらずらーっとおねーちゃんの写真が、佃煮にできるぐらい並んでいる。台湾人もいれば、日本人もいる。

 まさかこの人たち全員をインタビューしようなんてことを考えているわけではないだろう。メールにもこうあった。

「誰が取材できるか、まだ確約はとれていません」

 そらそうやろ! と、私はメールに突っ込みながら、一番ちっちゃいトランクに、チャイナカラーのブラウスを詰めたのであった。観光する時間など、きっとまったくないわ、これじゃあ、とうなだれながら。

 台北・松山空港。コーディネーターのアケミさんという人がにこにこと迎えてくれた。

「ハギ二ワさんは、もう撮影中です」

「あー、そうですか」

 コーディネーターさんは50歳くらいのふくよかな女性。とても親切な、新宿の夜中のお茶漬け屋さんのおかみさんみたいな風情である。

 案内されてホテルに着く。エレベーターが開くなり、カメラを手にした萩庭桂太は、被写体やそれらしきスタッフとそこにいた。私を見るなり「ああ、すぐインタビューだから」と言う。

 長旅おつかれさまも、いらっしゃいもない。エレベーターからいきなり始まるエロビデオっていうのは聞いたことがあるが、エレベーターからいきなり始まる人物取材なんて聞いたことがない。私はトランクをもったまま、インタビューの場所に指定された部屋に入るしかなかったのである……。

 というわけで、この台湾美女特集はなんと今週と来週の2週、続くことになる。え、たったの2日間でそんなにたくさんの人にインタビューしたんですか! と思った皆さん、どうぞハンカチを片手に毎日クリックしてください。

(取材・文:森 綾)

  • 出演:小蠻(シャオ・マン)

    ※彼女の詳細は明日ご紹介します。

  • 取材・文:森 綾

    1964年8月21日大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て92年に上京後、現在に至るまで1200人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には女性の生き方についてのノンフィクション『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)など多数。
    映画『音楽人』(主演・桐谷美玲、佐野和眞)の原作となったケータイ小説『音楽人1988』も執筆するほか、現在ヒット中の『ボーダーを着る女は95%モテない』(著者ゲッターズ飯田、マガジンハウス)など構成した有名人本の発売部数は累計100万部以上。
    http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

  • ヘアメイク:小鳥

    スタイリング:NYX

衣装協力:ARTIFACTS http://www.artifacts.com.tw
コーディネート・ブッキング:木山善豪(OFFICE303) http://www.office303.jp
協力:エバー航空 http://www.evaair.com/html/b2c/japanese/

撮影:萩庭桂太