妊娠7カ月を迎えた頃、ハワイでの出産を決めたという里恵さん。当時すでに父親となる男性と別れていたため、一人で出産すると決めていた。そして、8カ月に入ってからハワイ・オアフ島に滞在し、出産準備に入ったという。

 なぜ、ハワイで出産しようと決めたのですか?

「子どもには将来、世界で活躍できる道も選べるようにと思い、日本国籍だけでなくほかにも選択肢があったほうがいいと考えました。アメリカ国籍を取得できる、いちばん近い土地がハワイだったのです」

 アメリカで生まれた子どもは、親の国籍に関係なくアメリカ国籍を取得できる。また、届け出をすれば日本の国籍も取得できる。さらに父親は韓国籍のため、選択肢はより広がる。そうしたことからハワイでの出産を決めたというが、それにしても臨月間近の時期に、よく海外に行きましたね?

「評判のいい日本人の医師がいる病院をインターネットで調べたら、お友達が電話で出産費用などの確認をしてくれて、しかもハワイまで同行してくれました。また別のお友達がハワイのお友達に連絡してホテルまで次々リレーをしてくれたおかげで、お部屋もすんなり決まりました。みなさんの協力があったからこそ、ハワイ出産ができたのです」

 いやいや、聞けばそのときが初ハワイだったという。我が子を思う母の決断とはいえ、かなり大胆というか勇気があるというか。とはいえ、日本の友達だけでなく、ハワイ滞在中にできた友達にも見守られながら、出産の日を迎えることができたようだ。

「宿泊先のホテルのオーナーであるパワフルな女性IKUKOさんに、すごくお世話になりました。ほかにも、それまで会ったこともない方たちが毎日のように心配して顔を見に来てくれて。ハワイは気候や環境が良いですし、安心して、心ゆくまでリラックスした気持ちで過ごすことができました。普段は車移動ばかりでめったに歩かない私が、一日何キロも散歩したおかげで、スピード安産でした(笑)」

 2010年6月24日、無事に女の子が誕生した。名前は栄万(えま)。生まれる前から決めていた。のちにEMMAはアメリカでもポピュラーな名前であり、「神と共にいる」といった意味もあると知ったそうだ。

 神に守られ、里恵さんに愛されている一人娘、栄万ちゃんは先週4歳を迎えたばかりだ。さて、栄万ちゃんはどんな女の子に育ったのだろうか?

  • 斉藤里恵

    1984年2月3日生。青森県出身。髄膜炎の後遺症で1歳10カ月で聴力を完全に失う。接客業の楽しさに目覚め19歳で水商売の道に進む。東京銀座の高級クラブで筆談ホステスとして人気ナンバーワンとなる。2009年青森市の観光大使に就任。同年『筆談ホステス』『筆談ホステス~愛の言葉』(光文社)および同書コミックス版は累計50万部突破のベストセラー。10年ハワイで第一子となる女の子を出産。4歳になる娘の育児を日々楽しんでいる。

    オフィシャルブログ「筆談ホステス」斉藤里恵のほっこり日記
    http://ameblo.jp/saitorie/

  • 取材・文:加藤いづみ

    コピーライター。東京都出身。成城大学文芸学部卒。広告、SP、WEBのコピーライティング、企画のほか、1996年より某企業のPR冊子(月刊)制作を継続して手がけている。
    https://www.facebook.com/mi.company

撮影:萩庭桂太