かつて、故郷へ帰る道があった――。

 包み込むような旋律が歌われる「ゴールデン・スランバー」をまるで歌のように、人の声のように、チェロで奏でるのが林はるか(写真前列左)だ。

 この曲のタイトルを日本語にすると「金色のまどろみ」。

 そのタイトルにふさわしい音色でチェロを奏でている。

 ビートルズは、いうまでもなくロックバンドだ。基本的な編成は、ギター2本、ベース、ドラムス。そこに時々ピアノが加わる。ドラムスのリンゴ・スターとベースのポール・マッカートニーがリズムを支えている。

 一方、1966カルテットの編成は、ヴァイオリン2本、チェロ、ピアノ。クラシックなので、ドラムスがいない。なので、低い音域は、林が一手に引き受けている。

 ユニットの中の役柄はリンゴ・スターだ。アルバムジャケットの撮影では、スーツを着て、やや猫背気味でアビイ・ロード・スタジオ前の横断歩道を渡った。

 リンゴ・スターのことをファンは親しみをこめて「リンゴ」の「リ」にアクセントおいて呼ぶ。しかし、彼女は「リンゴ」の「ゴ」に、果物のリンゴと同じアクセントで呼ぶ。そのロックに疎そうな感じが妙にクラシック少女らしく、上品でいい。

 幼いころからピアノを弾いていた林がチェロを始めたのは11歳の時。

「長谷川陽子さんに憧れたのがきっかけでした」

 東京藝術大学音楽学部を卒業し、第3階大阪国際音楽コンクール、第15回日本クラシック音楽コンクールなど、数々のコンクールで入賞してきた。

 ビートルズでお気に入りの曲は「レット・イット・ビー」。クラシックの要素の強い曲である。そして、やはりクラシック色の強い「ミッシェル」の間奏部での林のソロは見事だ。

 さて、彼女のチェロが人の声のように聴こえる曲がもう1つある。

 『アビイ・ロード・ソナタ』には収められていないが、「ガール」である。自分の家にいついた魅力的な女の子のことを思うジョン・レノンのナンバー。

 曲の中で、ジョンは彼女を思い、つらそうに息をのむ。そのブレスを林は弓を駒(チェロの4本の弦を一番高い位置で支えるブリッジ部)に摩擦させて再現する。これが実に艶めかしい音を生む。

 最終回の明日は、ピアニストの江頭美保(写真前列右)を紹介しよう。

『アビイ・ロード・ソナタ』

2014年6月18日発売
CD 3,000円+税 COCQ-85069
http://columbia.jp/artist-info/1966quartet/COCQ-85069.html

  • 1966 QUARTET(1966カルテット)

    2010年に結成したクラシックをベースに、ビートルズをはじめ洋楽のカバーを演奏する女性カルテット。メンバーは、松浦梨沙(ヴァイオリン)、花井悠希(ヴァイオリン)、林はるか(チェロ)、江頭美保(ピアノ)。ビートルズが来日した1966年をカルテット名にし、『ノルウェーの森~ザ・ビートルズ・クラシックス』でCDデビュー。『ウィ・ウィル・ロック・ユー~クイーン・クラシックス』『スリラー~マイケル・ジャクソン・クラシックス』『ヘルプ!~ビートルズ・クラシックス』をリリース。最新アルバムは、6月18日発売の『アビイ・ロード・ソナタ』(日本コロムビア ¥3,000+税)。
    6月17日(火)に『アビイ・ロード・ソナタ』発売記念コンサートを東京・王子ホールで開催。その後、「ビートルズ・クラシックス・コンサート」を7月10日(木)りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館コンサートホール、12日(土)東京・東大和市文化会館ハミングホール、24日(木)北海道・歌登フォレストピアホールで開催。8月31日(日)には大阪・新歌舞伎座の「ビートルズ・クラシックス&魅惑のラヴ・サウンズ」コンサートに参加。
    http://columbia.jp/1966quartet/

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太