黒田卓也さんにどんな音を目指しているかと尋ねると「キンキンしない、薄く霧がかかっているような音」という答えが返ってきた。

 確かにキンキンもしていないし、ブオーッと吹き叫ぶ感じもあまりない。サウンドはどこまでもクールだ。

 たとえば、4分の7拍子のリズムの上に伸びやかに奏でられる音は、不思議な段差だらけの彫刻の上でも彼自身がすっくと立っているかのように安定感がある。

「パーカッションがたくさん入っているのは、アコヤ・アフロビート・アンサンブルというバンドに入ってやってきた影響が大きい。アフロ・ビートというのはジャズでは得られない、リズムとグルーブでトリップな状態になっていく面白さがあるんです。スピリチュアルな部分も大きい。実は先月もそのバンドでライブしました。一時期、ゴスペルに魅せられて教会に1年くらい通ったこともあります。ラテンもサルサも、本物。本物には説得力がある。いろんな音楽を見せてくれるのがニューヨーク。自分の考え方、アプローチを広げてもらった気がします」

 それぞれの国の、本物の文化がぶつかり合う。黒田さんはそこに自然に入っていき、自分のものにして戻ってくる。

「わかったことは、ジャズがすべてじゃない、ってこと。もちろん、ジャズは高度な技術を要求される音楽だけど、普遍的な音楽というものがある、そのうちのひとつだという考え方。それが、僕がニューヨークで学んだ最も大きなことかもしれません」

 アルバム『ライジング・サン』は、rising sunではなくrising sonである。昇っていく息子? ……そうか、この人はジャズを救う神の子なのかもしれない。5時間かかるというアフロ・ヘアーに包まれた顔は、rising sunにも似ている。

 ……まあそんなことを黒田さんに言ったら、また関西弁で「またまた」と照れるに違いない。

  • 黒田卓也

    1980年兵庫県生まれ。甲南中学時代から同校のビッグバンドに所属。甲南大学を卒業後、2003年にニューヨークへ渡り、ニュースクール大学留学。卒業後、現地でバンド活動を続け、自主制作でアルバムを発表。共通の友人の紹介で現在ブルーノートのアーティストの1人であるホセ・ジェイムズと出会い、彼のバンドで演奏。今年2月、USブルーノートと日本人で初めて契約、アルバム『RISING SON』を発表した。オリジナル・バンドで登場した5月のビルボード東京講演はソールドアウト。今後の更なる飛躍が期待される。
    http://www.universal-music.co.jp/kuroda-takuya/
    http://www.takuyakuroda.com/

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太