音楽父娘
小野リサ
- Magazine ID: 1444
- Posted: 2014.05.30
東京新宿区の四谷の外堀通り沿いに「サッシペレレ」というライヴレストランがある。
ブラジル料理と生バンドで毎夜盛り上がっている。
1974年に小野リサの父親が始めた店だ。
90年代、小野のブレイクもあり日本でボサ・ノヴァがブームになっていた時期に何度か足を運んだ。
サービス精神旺盛な小野のお父さんはどの客も分け隔てなく歓迎してくれる。
「うちのリサもよくこの店で歌うんだよー」
「ホントですか!?」
「うん。明日あたり来るんじゃないかな」
「じゃあ、明日も来ます!」
しかし、翌日胸躍らせて店を訪れると、小野リサはいない。
「ゴメンねえー。週末には来ると思うよ」
お父さんが言う。
しかし、週末も小野リサはいない。
結局一度もここで小野リサの歌を聴くことはなかった。小野リサのコンサートは大人気で、東京の主要会場のチケットを手に入れるのは困難だった。
しかたがなく、小野が出演する茨城県水戸の野外特設ステージの音楽フェスまで出かけて、ハーフセットのステージを観たものだ。
当時、小野は本当にサッシペレレに出演していたのだろか?
「ときどきは歌っていましたよ」
「ときどきって、どのくらいの頻度ですか?」
「ほんとうに、ときどきです(笑)」
やっぱりそうか。
お父さんはその時の気分で話していたのだ。
しかし、このおおらかな父親によって、小野リサの音楽人生が切り開かれてきたともいえる。
「父は音楽を心の底から愛していました。自分自身がミュージシャンになりたかったほどです。親に反対され、あきらめて、ブラジルに渡りました」
最初はブラジルでホテルを経営する予定だった。
「でも、うまくいかず、それで始めたのがライヴハウスでした。私は昼過ぎにミュージシャンがやってきて始めるリハーサルが大好きで、父と一緒に毎日客席で聴いていました。同じ曲を何度も何度も演奏するんですけれど、まったくあきませんでした」
店には、中村八大、永六輔、渡辺貞夫……など、日本人ミュージシャンたちもやってきた。
その影響で、娘の生活が音楽で満たされていく。
そして、72年に父は突然「日本に帰る!」と宣言。
しかし、日本ではサッカーのペレにもらったギターを娘に与え、小野リサはボサ・ノヴァを弾き語るようになった。
「父の心は多国籍なんです。日本人ですが、祖父が軍人だった関係で台湾で生まれて、その後平壌で7年暮らして、戦後に帰国しました。その後アメリカ軍の通訳をした後に、サンパウロに渡って15年暮らしました。同化しやすい性格なので、ブラジルにいる時はブラジル人のように振る舞っていましたし、日本では日本人です。米軍の仕事をしている時はアメリカ人の気分だったそうです」
その父親は2013年にこの世を去った。
小野の前作『Japão2(ジャポン ドイス)』には「あなたの忘れ物」という日本語の曲がある。
歌詞は東日本大震災で大切な人を失った人をテーマにつづられている。
歌の主人公の女性が想う相手は、わがまま、自分勝手、すぐに気が変わる男性だ。
「『あなたの忘れ物』を歌うと、父親を思い出してしまいます。パパっ子だったから。わがままで、自分勝手で、すぐに気が変わって……。あの歌詞で歌われる男性は、私の父そっくり」
ポルトガル語で歌う小野リサはもちろん魅力的だが、日本語詞をアンニュイな雰囲気で歌う彼女の歌も情緒的で、切ない気持ちにさせられる。
『ブラジル』
発売中(2014年5月21日発売)
CD 3,000円+税 MUCD-1296
http://www.dreamusic.co.jp/artists/japanese/lisa-ono/mucd-1296.html
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小野リサ
ボサ・ノヴァ・シンガー。ブラジルのサンパウロで生まれる。1989年にアルバム『カトピリ』でデビュー。『ナナン』『ミニーナ』『サウダージ』など質の高い作品をリリースしていく。2007年から10年にかけて“音楽の旅”というテーマで、ロック、ソウル、ジャズ、アジア音楽などをボサ・ノヴァのテイストにアレンジしたアルバムをリリース。その後、日本に目を向け『Japão(ジャポン)』『Japão2(ジャポン ドイス)』をリリース。最新アルバムは『ブラジル』(ドリーミュージック・¥3,000+税)。
6月5日(木)「小野リサ ボサノヴァコンサート」東京・よみうり大手町ホール
6月24日(火)~27日(金)「小野リサ“BRASIL” with special guest マリオ・アジネー」ブルーノート東京
7月3日(木)・4日(金)「小野リサ ニューアルバム“BRAZIL”ツアー」名古屋ブルーノート
7月20日(日)「小野リサ ボサノヴァ・ナイト」八ヶ岳高原ロッジ
8月23日(土)「LISA ONO Heartfull Acousutick Live 2014 」横浜・関内ホール
http://onolisa.com/ -
取材・文:神舘和典
1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。
新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html
撮影協力:サッシペレレ http://www.saciperere.co.jp/
撮影:萩庭桂太