貧富の格差が大きいブラジルでは、その暮らしぶりで聴く音楽も異なる。

 経済的に豊かな層は、ほかの国と同様、幼い頃からベートーヴェンやショパンやモーツァルトといったクラシックを聴き、それを題材に教育を受けている。

 中流とされる層が親しんでいるのが、ボサ・ノヴァやジャズのテイストの入った音楽だ。

 アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトといった、ブラジル音楽として世界中で知られている音楽である。

 知的好奇心を満たすために聴かれる音楽だ。

 庶民は、“イエイエ”と呼ばれているポップな音楽に親しんでいる。

 生活は厳しく、それでも音楽を聴くことで心豊かであろうとする層が愛する音楽。食事や睡眠と同じレベルで音楽を欲している人たちに支えられている。読み書きができなくても理解できる、愛の歌が多い。

「代表的なアーティストはロベルト・カルロスです」

 ブラジルのサッカー界に同名の有名選手がいるが、名前は同じでもルックスは正反対だ。

 音楽界のロベルト・カルロスは、スーツやタキシード姿で、胸に深紅のバラをさして歌うような伊達男である。

「ブラジルでは“ヘイ(Rei)”と言われています。“王様”という意味です。ブラジルでヘイといえば、サッカーのペレと音楽界のロベルト・カルロスの2人。音楽的にはフリオ・イグレシアスのブラジル版をイメージしてください」

 日本でいうと北島三郎、アメリカでいうとビリー・ジョエルだろうか?

「スタンス的には近いかもしれません。誰が聴いても理解できる音楽です」

 小野リサは日本人ゆえ、ブラジルにいながら、あらゆる層の音楽に親しんだ。

 ブラジル音楽のカバー集、新作『ブラジル』で日本人にとってもっともなじみのある楽曲は、セルジオ・メンデスの歌唱でヒットした「マシュ・ケ・ナダ」「浜辺のボッサ」「シュビ・シュバ」あたりだろう。

 この3曲はすべて、ブラジルでは、サンバにロックやファンクを融合させて人気になったミュージシャン、ジョルジ・ベンジョールのソングライティングと歌によってヒットしている。

 そこにセルジオ・メンデスがアップテンポで軽快なアレンジをほどこし、世界のマーケットにもっていった。

 小野は、アレンジャーのマリオ・アジネーの手を借りそれをさらにボサ・ノヴァのテイストにして歌っている。

 セルジオ・メンデスは2010年代も毎年来日し、「マシュ・ケ・ナダ」を演奏し、満席の会場をわかしている。

 彼のバンドは、頻繁に女性ヴォーカリストが替わる。

 それでもなぜか違和感がない。

 音楽というのは、歌い手が違えばまったく別の風景を描くものだが、セルジオにおいてはその理屈はまったく当てはまらないから不思議だ。

「そこがセルジオ・メンデスの強みです。なぜシンガーが替わっても聴く側は違和感を覚えないか――。それはサウンドコンセプトに揺るぎがないからでしょう。いつどんなメンバーで演奏しても、セルジオがいればあの味になるように音の組み立てができているんですよ」

 なるほど、セルジオ・メンデスの音楽は実に楽しいが、バンドの中では厳しい音楽的作業が行われているのかもしれない。

『ブラジル』

発売中(2014年5月21日発売)
CD 3,000円+税 MUCD-1296
http://www.dreamusic.co.jp/artists/japanese/lisa-ono/mucd-1296.html

  • 小野リサ

    ボサ・ノヴァ・シンガー。ブラジルのサンパウロで生まれる。1989年にアルバム『カトピリ』でデビュー。『ナナン』『ミニーナ』『サウダージ』など質の高い作品をリリースしていく。2007年から10年にかけて“音楽の旅”というテーマで、ロック、ソウル、ジャズ、アジア音楽などをボサ・ノヴァのテイストにアレンジしたアルバムをリリース。その後、日本に目を向け『Japão(ジャポン)』『Japão2(ジャポン ドイス)』をリリース。最新アルバムは『ブラジル』(ドリーミュージック・¥3,000+税)。

    6月5日(木)「小野リサ ボサノヴァコンサート」東京・よみうり大手町ホール
    6月24日(火)~27日(金)「小野リサ“BRASIL” with special guest マリオ・アジネー」ブルーノート東京
    7月3日(木)・4日(金)「小野リサ ニューアルバム“BRAZIL”ツアー」名古屋ブルーノート
    7月20日(日)「小野リサ ボサノヴァ・ナイト」八ヶ岳高原ロッジ
    8月23日(土)「LISA ONO Heartfull Acousutick Live 2014 」横浜・関内ホール
    http://onolisa.com/

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太