角松敏生の新しいアルバム『THE MOMENT』の1曲目は「OPENING ACT」。プリミティヴなリズムで始まる5分18秒のナンバーだ。

 シンプルなドラムスに鋭いギターのカッティングでイントロからどんどん盛り上がっていく。

 しかし、なかなか歌が始まらない。

 まだか? まだなのか?

 結局イントロはなんと2分14秒。

 2曲目は「The Moment of 4.6 Billion Years ~46億年の刹那~」。こちらは6部構成でプログレッシヴな曲。21分50秒の大作だ。

 イントロが長い「OPENING ACT」も、曲そのものが長い「46億年の刹那」も、ラジオではまずかからないだろう。

 角松さん、この2曲、プロモーションできないですよね? 老婆心ながらたずねてしまう。

「プロモーションできなくてもいいんですよ」

 角松は笑い飛ばす。

「とにかくこういう作品を作りたかったんです。Aメロ、Bメロ、サビという歌謡曲・演歌からずっと引き継がれている構成の曲、今も世の中にあふれていますよね。僕自身もそういう曲をたくさん作ってきたんですけれど、そんな定番の曲が1枚のCDに14曲も15曲も入っていると、なんだか情報ファイルみたいでしょ? 僕はもっとアルバムらしいアルバムを作りたかったんです」

 特に「46億年の刹那」はその長さ、透き通った音、水が流れるMCなど、1970年代のプログレッシヴロックの代表的バンドの1つ、イエスのアルバム『危機』をイメージさせる。

「確かに、僕が好きなイエスへのオマージュでもあります。イエスの全盛期のキーボード奏者、リック・ウェイクマンと同じシンセサイザーも使っています。ただし、僕の音楽は70年代のイギリスのプログレのように難解ではありません。はるかに聴きやすいはずです。プログレッシヴロックというよりも、プログレッシヴポップという感じでしょうか。そう、この前、同世代の友人が20代のガールフレンドを連れて遊びに来たんですよ。そいつはね、若いコを見せびらかしに来たわけ(笑)」

 さっそく、その20代の女性に『THE MOMENT』を聴かせたのだという。

「わあー、ディズニーランドみたいな音楽ですね!」

 彼女は無邪気な感想を述べた。

 その言葉は角松には目から鱗だった。

「80年代の僕の音楽もプログレも知らないリスナーにとって、このアルバムはディズニーランドなんだ、とね。ファンタジーということですよ。ちょっと嬉しかったですね」

 言われてみると、「46億年の刹那」はプログレのようであり、ジャズであり、ゴスペル的なコーラスもあり、70~80年代フュージョンを思わせるギターのカッティングがあり、アフリカ音楽のような打楽器も響く。

 まさしくファンタジー。

 ポップミュージックだ。

『THE MOMENT』

発売中(2014年3月19日発売)
CD 3,100円+税 BVCL-30017
http://www.sonymusic.co.jp/artist/ToshikiKadomatsu/discography/BVCL-30017

  • 角松敏生(かどまつ・としき)

    シンガーソングライター、音楽プロデューサー。1960年東京都出身。81年にシングル「YOKOHAMA Twilight Time」とアルバム『SEA BLEEZE』でデビュー。『ON THE CITY SHORE』『TOUCH AND GO』『BEFORE THE DAYLIGHT』『REASONS FOR THOUSAND LOVERS』『あるがままに』など多くのアルバムをヒットさせる。プロデューサーとしても活躍。長万部太郎としてAGHARTA名義で歌った「ILE AIYE~WAになっておどろう」、杏里の『Bi・Ki・Ni』『TIMELY!!』『COOOL』、中山美穂の『CATCH THE NITE』がヒット。最新作は2014年3月19日にリリースした『THE MOMENT』(アリオラジャパン 3,100+税)。5月9日から全国14都市16公演のツアー「performance 2014 “THE MOMENT”」をスタートする。7月19日、20日には軽井沢大賀ホールで「Tripod V」ライヴも行う。

    http://www.toshiki-kadomatsu.jp/

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。2002年には角松敏生著『モノローグ』(毎日新聞社)をインタビュー構成。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影:萩庭桂太