松下奈緒のバンドは、バンマスの河野伸をはじめ腕利きが揃っている。

 松下の左、ヴァイオリンの小寺里奈は、あるときは歌やピアノに寄り添い、ある時はまるでヴォーカリストが2人いるかのように歌いまくる。

 松下の右、ベースの種子田健の生み出すラインはうねり、そしてやはり歌う。

 その実力がステージ上で最大限発揮されたのが、松下オリジナルのインストゥルメンタル曲「GRACE ~princess rose~」だった。

 ドキュメンタリー番組『グレース・ケリー、花に生きて。』のテーマ曲である。

 ドラムス、ベース、ギター、キーボード、ヴァイオリン、ピアノ。

 たった6人編成なのに、まるでオーケストラのような音の世界が展開した。

「広くない会場で、6人編成で演奏するのはかなり冒険でした。でも、検討に検討を重ね、工夫に工夫を重ね、リハにリハを重ねて臨みました。客席に喜んでいただけて、本当によかったです」

「GRACE~princess rose~」はまさしく風景が見えるような演奏だった。

 そんな松下が初めて作曲を手掛けたのは6歳の頃。

 ヴィクター・フレミング監督、ジュディ・ガーランド主演の映画、『オズの魔法使』を観たのがきっかけだ。

「映画『オズの魔法使』が大好きで、その気持ちのまま組曲をつくりました。物語に登場する役柄をテーマに『ぎりぎりブリキ』とか『ドロシーとトトのワルツ』とか、1曲30秒くらいの短い音楽ばかりです」

 ビルボードライブ東京のステージでも、サプライズで『オズの魔法使』のテーマ曲「虹の彼方に」を演奏。初めて作曲をした時の純粋な気持ちがよみがえったという。

「当時は子どもでしたから、感激したその気持ちをありのまま音にしています。聴く側のことなどはまったく考えずに。ああいう気持ちでまた音楽を作りたいです」

 心から思ったそうだ。

「大人になるにしたがって、聴く側のことをどうしても意識します。この曲、喜ばれるかなあ、と。それでも、できる限り、自分の心の底の喜びから音楽を生み出していきたい。もっと言えば、何も意識しないで作曲をしたい。かんたんなようで、実はすごく難しい創作だと思いますけれど、チャレンジしていきたいですね

「虹の彼方へ」では、ステージの背景のカーテンが開き、その向こうに六本木の夜景が広がった。

 ライヴスポットが空中に浮かぶ巨大なガラスの宝石箱のように感じられた。

 東京ミッドタウンでは冬季限定のスケートリンクが特設され、イルミネーションに囲まれた氷上でカップルが手を取り合って滑っていた。

『WOMAN』

発売中(2013年10月9日発売)
CD 3,000円+税 ESCL-4113
http://www.sonymusic.co.jp/artist/matsushita-nao/discography/ESCL-4113

  • 出演:松下奈緒(まつした・なお)

    ピアニスト、シンガー、女優。1985年兵庫県出身。2004年東京音楽大学器楽科在学中に、ドラマ『仔犬のワルツ』で女優デビュー。10年NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の主演で国民的女優となる。そのほかに『Good Job~グッジョブ』『CONTROL~犯罪心理捜査~』『胡桃の部屋』『二十四の瞳』『花の鎖』などで主演。音楽家としては、06年にアルバム『dolce』でデビュー。最新作は、富士通ゼネラルエアコンCMソング「永遠のハジメマシテ」やフジテレビ系連続ドラマ『鴨、京都へ行く。-老舗旅館の女将日記-』挿入曲「ホントのひかり」、などを収録した『WOMAN』(エピックソニー 3000円+税)。
    http://www.matsushita-nao.com/

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影協力:ビルボードライブ東京 http://www.billboard-live.com/
ヘアメイク:YONE
撮影:萩庭桂太