「距離、近いよね」

 ライヴの1曲目を終えたMCで松下はちょっとはにかむような表情を見せた。

「ずっとビルボードライブ東京でライヴをやりたいと願ってきて。オーディエンスとして訪れたこともあったので、コンパクトで一体感のある場所であることはわかっているつもりでした。でも、実際にステージに立つと、想像していたよりもずっと客席が近くて。ステージに向く一人一人のお顔がわかるし、双眼鏡で見ているかたもいらっしゃるし(笑)。3日間6ステージでしたけれど、初日のファーストライヴの時はドキドキしました」

 2曲目は「泣けるほど逢いたい」。

 2013年10月にリリースした、ヴォーカル曲を中心にレコーディングした5枚目のアルバム『WOMAN』に収められたラヴソング。別れた人を思う切ないバラードだ。

 作詞作曲は古内東子。

 古内の作品はほぼラヴソング。1990年代は“恋愛の教祖”とまで言われたシンガーソングライターだ。

「古内東子さん、そして川村結花さんの作品は本当に好きです。いろいろな経験をされたかただから書ける、と思える歌詞だからです」

 自分よりひと世代上の女性の等身大のラヴソングに魅力を感じる。

「歌っている時、少し背伸びしている私がいるんです。その感じが好きです」

 古内の作品は、どこにでもありそうな恋愛を古内ならではのフレームで切り取って、風景とともに見せてくれる。

「『泣けるほど逢いたい』に、なぜあんなにもストーリー性を感じるのだろう。ドラマを感じるのだろう。そして、古内さんが書いているのに、私自身の体験のように感じるのだろう。不思議でした。シンガーソングライターには、詞を先に書く“詞先”のかたと、曲が先の“曲先“のタイプがいます。ところが、古内さんは詞と曲が同時に生まれることが多いそうです。だから、言葉とメロディが自然に寄り添っていて、音が恋愛の風景を見せてくれるのかもしれませんね」

「泣けるほど逢いたい」の終盤、「どうして」を3度リフレインする箇所がある。

「どうしてあの時」――。

 そんな悔やみは、恋愛において誰もが体験すること。

 その気持ちをリフレインの歌詞にしている。

「言葉をくり返すことで、あきらめきれない、悔やみきれない心を表現しています。思いが深まっていく。すごい歌詞です。歌う度に感じます」

『WOMAN』

発売中(2013年10月9日発売)
CD 3,000円+税 ESCL-4113
http://www.sonymusic.co.jp/artist/matsushita-nao/discography/ESCL-4113

  • 出演:松下奈緒(まつした・なお)

    ピアニスト、シンガー、女優。1985年兵庫県出身。2004年東京音楽大学器楽科在学中に、ドラマ『仔犬のワルツ』で女優デビュー。10年NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の主演で国民的女優となる。そのほかに『Good Job~グッジョブ』『CONTROL~犯罪心理捜査~』『胡桃の部屋』『二十四の瞳』『花の鎖』などで主演。音楽家としては、06年にアルバム『dolce』でデビュー。最新作は、富士通ゼネラルエアコンCMソング「永遠のハジメマシテ」やフジテレビ系連続ドラマ『鴨、京都へ行く。-老舗旅館の女将日記-』挿入曲「ホントのひかり」、などを収録した『WOMAN』(エピックソニー 3000円+税)。
    http://www.matsushita-nao.com/

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生存したジャズミュージシャンをほぼインタビューした。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html

撮影協力:ビルボードライブ東京 http://www.billboard-live.com/
ヘアメイク:YONE
撮影:萩庭桂太