『江』を作曲する前には、ヨーロッパを旅した。

「クラシックの作曲家の中ではショパンが好きなんです。メロディアスでポップスに近い。『篤姫』のときの鹿児島での3週間に味をしめて、さあ、今度はショパンにインスピレーションをもらうぞ、と」

 ポーランド、オーストリアのウィーン、フランス。ショパンにゆかりのある場所にはことごとく足を伸ばし、『江』が琵琶湖のそばにある城の物語だというつながりで、海の中に教会がそびえるモンサンミッシェルにも行ってみた。

「完璧だ! と思ったんですけど、帰国して1週間、何も浮かばない。ショパンに『何をくれるんだ』と思った自分があざとかったんでしょうね(笑)。結局、うちの近所の商店街をうろうろしていたら、曲が浮かびました」

 ヨーロッパに対する憧れは満たせたようだ。

「現代の作曲家ではエンニオ・モリコーネが好きなんです。大河ドラマの『武蔵』を彼が手がけているんですが、それもすごくモチベーションが上がりました。要するに場を変えるのも、モチベーションを高めていくひとつの方法なんですね。だから毎年、ニューヨークにも行くんです。いつかマンハッタンに仕事場が欲しいなあ」

 今は都内の普通の住宅街の一軒家に家族と住む。

「何十年も同じ場所にいます。大河をやるまでは近所ではたぶんちょっと浮いていたと思うんですけど(笑)、それ以降は『あんたすごいねえ』とおじいちゃんおばあちゃんたちにも肩を叩いてもらえます」

 たぶん、どこに居ても変わらない笑顔で、にかっ、と笑った。

  • 出演:吉俣良

    作曲家、編曲家。1959年鹿児島県生まれ。横浜市立大学在学中より有名アーティストのステージメンバーとして活動しており、84年から92年までロック・バンド「リボルバー」のキーボードプレイヤーを担当。97年からまずは民放ドラマのサウンドトラックを手がけ、NHK大河ドラマ『篤姫』(2008)『江~姫たちの戦国~』(11)の作曲で一躍脚光を浴びる。映画『冷静と情熱のあいだ』のサウンドトラックが韓国などで大人気になり、現在は海外での活動も多い。14年も映像、舞台、自身のライブなど多方面での活躍が期待されている。
    http://www.yoshimataryo.com/

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

ヘアメイク:ACQUA tua 岡元コースケ http://acqua.co.jp
撮影協力:銀座YAMAHAホール http://www.yamaha.co.jp/yamahaginza/hall/
アコースティック楽器に最適な音響と環境を兼ね備えた最新鋭の設備をもつホール。吉俣良も度々演奏している。

撮影:萩庭桂太