曲が書けなくなると、場を変えてみる。

 『篤姫』のときは、故郷の鹿児島へ何度かこっそり帰った。

「誰かに知らせると、飲みに行っちゃうからね(笑)。そのとき、偶然、奄美島唄の朝崎郁恵さんの歌をCDで聴いたんです。涙が出ました。自分のおばあちゃんのことを思い出した」

 聴き終わってすぐ、曲ができた。友人で詩人の三代目魚武濱田成夫氏がそのエピソードを聞き、タイトルを「良し」とつけてくれた。彼のおばあちゃんの名前は「ヨシ」である。「良し」としたのは、濱田氏の感性からだ。

「家が旅館をやっていたので、両親が忙しくて、僕はおばあちゃん子でね。祖母は沖永良部島の出身で、島に土地をもっていて。小5のとき祖母に『オレがそこに家を建ててあげる』って言ったら、喜んだのを覚えています。今から20年くらい前に珍しく1週間休めたので鹿児島に帰って寝込んでいた祖母を見舞いに行きました。おばあちゃん、もうしゃべれなかったのに、泣いたんですよ。そうしてその夜に亡くなってしまいました。葬式を終えて、お骨を少しもらって、沖永良部島に埋めてきました」

「良し」はまさに、可愛い孫へのプレゼントだったのかもしれない。

 そして朝崎郁恵さんとの出会いもまた。

「今、NHK BSプレミアムの『新日本風土記』で流れている曲は朝崎さんと組んでいるんです。彼女の島唄とコラボしたライブも始めて、1月27日には東京の南青山MANDALAでやります。今年は2カ月に1度は一緒に演奏しようと決めてるんです。あの人の歌は特別だから」

 心が呼び寄せた音楽は、また人の心に届く。吉俣さんは、そのことを身をもって知っている人なのである。

  • 出演:吉俣良

    作曲家、編曲家。1959年鹿児島県生まれ。横浜市立大学在学中より有名アーティストのステージメンバーとして活動しており、84年から92年までロック・バンド「リボルバー」のキーボードプレイヤーを担当。97年からまずは民放ドラマのサウンドトラックを手がけ、NHK大河ドラマ『篤姫』(2008)『江~姫たちの戦国~』(11)の作曲で一躍脚光を浴びる。映画『冷静と情熱のあいだ』のサウンドトラックが韓国などで大人気になり、現在は海外での活動も多い。14年も映像、舞台、自身のライブなど多方面での活躍が期待されている。
    http://www.yoshimataryo.com/

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

ヘアメイク:ACQUA tua 岡元コースケ http://acqua.co.jp
撮影:萩庭桂太