「普通の学生に戻りたい」と考えて果たした高校進学だが、平穏な学校生活とは無縁な日々が始まった。入学式の日から、学校中の注目を浴びるようになってしまったのだ。それはそうだろう、数々のドラマやコマーシャルに出演していた人気者が校内にいるのだから、騒然となるのも無理はない。

「自分がどれくらい世間で知られているか、すごく無自覚でした。もう、自分が思っている以上だったんです」

 自分で決めたことだけに学校生活から逃げ出すこともできず、通学路で信号が青になっても足が進まなくなるほどのストレスを感じながら高校に通った。

 そんなときに励みになったのは、大きなポリ袋4つ分のファンレターだったという。最初の一通があんなに嬉しかったのに、いつの間にか受け取った手紙を読む時間すらなくなってしまった。その時間を取り戻すように大量のファンレターを一通ずつ読み返すことで、気持ちが落ち着くのだった。

 高校卒業を控え、彼女は進路について悩む。一般の仕事に就くか、芸能界にふたたび戻るか。その頃、原宿のアルバイト先に通う彼女をめざとく見つけてつけ回したり、密かに写真を撮って売り歩く輩がいたという。

「このままでは、たとえ普通の仕事に就いても『あの人は今』みたいなことでまた騒がれるのでは、という不安がつきまといました」

 進路指導の先生に後押しされたこともあって、彼女は芸能界に戻る道を選んだ。しかし、一度は自分の意志で芸能界を離れたということもあり、順風満帆とはいえない生活が始まった。いってみればマイナスからのスタートだ。

 一人暮らしを始めたある日、何かの天啓を受けたかのように「犬を買いに行こう」と思い立ち、ペットショップに向かった。そこで出会ったのがヨークシャーテリアのベルだ。のちにマルチーズとパピヨンのミックスであるデイジーを迎えた。

 インタビューのために萩庭カメラマンの事務所を訪れたとき、真っ先に出迎えてくれたのは家主でもマネージャー氏でもなく、デイジーだった。ぴょこんと耳を立てて、尻尾を大きく振って。メイクルームをのぞくと、松本莉緒さんの足下にベルが陣取っていた。

「一時期はほんとうに苦しい時代もありました。わたし自身は1本のフランスパンを薄く切って、それをふやかして少しずつ食べたり。そんなときもこの子たちの餌だけはなんとか切らさないようにしました」

 まさに苦楽をともにした仲。そう言われてみると、デイジーが迎えてくれたのはメイク中の彼女に代わって挨拶に来たのかもしれない。または営業?

 そして、ベルが彼女のそばを片時も離れないのは、甘えているのではなく彼女を守るためかもしれない。2匹が話すことができたら、普段の松本莉緒について話を聞くことができるのに。

 犬には話してもらえないので本人に聞いた。プライベートで大切にしていることは? 気になる恋愛や結婚は?

  • 出演:松本莉緒

    1982年東京都出身。94年、11歳の時に原宿でスカウトされ芸能界入り。グラビア、CMなどに多数出演。95年、日本テレビ系『終らない夏』でドラマデビュー。その後は、『ガラスの仮面』や『聖者の行進』(野島伸司脚本)など多数出演。若手実力派女優として着実に名声と実力を積み重ねていった。97年には「ビクター・甲子園ポスター」キャンペーンに、キャンペーン史上唯一の現役中学生のモデルとして選ばれた。2002年女優・タレントとして復帰。同年4月、『ゴールデンボウル』(野島伸司脚本)に復帰後ドラマ初出演。04年ミュージカル『HEART of GOLD』で歌手デビュー、05年映画『東京フレンズ』、10年ドラマ『モテキ』出演。さらにファッション雑誌「Ray」「Fine」の表紙モデルを務める。2013年は舞台『パニ☆ホス』にて主演を務めた。女優、モデル、タレントとして活動中。

  • ヘアメイク:西田裕美子

    数店舗の美容室で経験を積んだ後2002年にヘアメイクに転向、ヘアメイク事務所Deuceに所属。やさしい人柄であたたかく誠実な仕事ぶりには定評がある。女性らしく明るい、透明感のあるメイクが得意。現在CDジャケット、PV、TVやショーを中心に活躍中。
    https://www.facebook.com/yumikonishida.deuce

  • 取材・文:加藤いづみ

    コピーライター。東京都出身。成城大学文芸学部卒。広告、SP、WEBのコピーライティング、企画のほか、1996年より某企業のPR冊子(月刊)制作を継続して手がけている。

撮影:萩庭桂太