デビューのきっかけは小学生のときに原宿でスカウトされたこと。そう聞いて、竹下通りかと思ったのだが違った。彼女が声をかけられたのは、表参道のケヤキ並木。生まれて初めて原宿に来た中学生が、駅の改札を出て3分もしないうちに声をかけられたのだから、よほど目に付く美少女だったのだろう。

 今回、スカウトされたというケヤキの木の前で撮影することになった。

「いつもよく通る道なので普段はそんなに意識していないけれど、こうしてあらためて訪れると懐かしい! あの頃のことを思い出しますね」

 幼い頃から引っ込み思案のおとなしい性格だった。5歳のときにモデルオーディションに連れて行かれて、カメラの前で大泣きして帰ってきた。一人で空想遊びにふけっているような子どもだったが、心の中では華やかな世界に憧れて、「歌手になりたい」と考えてもいたそうだ。

「とにかく地味な性格だったので、歌手に憧れてはいても『自分は向かない』と思っていました。小学校ではちぎり絵クラブに入っていて、そこで表彰されることが当時の私にとって最高の瞬間でした(笑)」

 ちぎり絵クラブの少女がスカウトされて、芸能界に入ることになった。まさに急転直下の出来事だ。そのとき、彼女はいくつかのルールを自分に課した。

 絶対に学校で仕事の話をしない、台本も広げない。芸能人ぶらない。学校行事には必ず参加する。学業優先で仕事をする。高校に進学する。……こうした意向を事務所に伝えて始めた芸能活動だが、中学生の意志がまかり通るほど甘い世界ではなかった。

 やがてコマーシャルやドラマの仕事が次々と入るようになり、高校進学を考える頃には、学校にほとんど通うことができない状況になっていた。自分が決めたことさえ守れない。それでも笑顔で応えなければいけない。子役から大人の役者になる自信がない。さまざまな不安が渦巻き、仕事のペースを抑えたいのだが、当時の彼女は周囲の大人を説得するだけの術をもたなかった。このままでは自分自身がボロボロになってしまう……。

 だから、芸能界を辞めることにした。

「あとで知ったのですが、高校進学を決めた時期、すでにいくつかの仕事が決まっていて、キャンセルすることになってしまったようです。それでも、自分の気持ちに従うことが、そのときは一番大切だと考えたのです」

 そこまでして始めた高校生活だったが、思い描いていたものとは全く違う毎日が彼女を待っていた。

  • 出演:松本莉緒

    1982年東京都出身。94年、11歳の時に原宿でスカウトされ芸能界入り。グラビア、CMなどに多数出演。95年、日本テレビ系『終らない夏』でドラマデビュー。その後は、『ガラスの仮面』や『聖者の行進』(野島伸司脚本)など多数出演。若手実力派女優として着実に名声と実力を積み重ねていった。97年には「ビクター・甲子園ポスター」キャンペーンに、キャンペーン史上唯一の現役中学生のモデルとして選ばれた。2002年女優・タレントとして復帰。同年4月、『ゴールデンボウル』(野島伸司脚本)に復帰後ドラマ初出演。04年ミュージカル『HEART of GOLD』で歌手デビュー、05年映画『東京フレンズ』、10年ドラマ『モテキ』出演。さらにファッション雑誌「Ray」「Fine」の表紙モデルを務める。2013年は舞台『パニ☆ホス』にて主演を務めた。女優、モデル、タレントとして活動中。

  • ヘアメイク:西田裕美子

    数店舗の美容室で経験を積んだ後2002年にヘアメイクに転向、ヘアメイク事務所Deuceに所属。やさしい人柄であたたかく誠実な仕事ぶりには定評がある。女性らしく明るい、透明感のあるメイクが得意。現在CDジャケット、PV、TVやショーを中心に活躍中。
    https://www.facebook.com/yumikonishida.deuce

  • 取材・文:加藤いづみ

    コピーライター。東京都出身。成城大学文芸学部卒。広告、SP、WEBのコピーライティング、企画のほか、1996年より某企業のPR冊子(月刊)制作を継続して手がけている。

撮影:萩庭桂太